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農林水産技術会議

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国内における研究開発事例を紹介します!(国立大学法人 大阪大学 大学院 工学研究科 生物工学専攻 村中研究室 編)

代謝を制御して新しい価値を生む~ジャガイモの天然毒素低減研究~

新しいゲノム編集技術

 天然毒素低減ジャガイモはTALENで成功しましたが、研究室ではCRISPR/Cas9を使って他の遺伝子を編集する試みも進めています。「TALENという手法にこだわるのではなく、あくまでも目的に合う技術を使うことが大切です。」と村中教授は話します。そして今、開発が進んでいる新しいゲノム編集技術にも期待しているそうです。
ベースエディティング(※10)と呼ばれるその技術は、DNAを切断するのではなく、例えば標的とする塩基に脱アミノ化という反応を起こすことで、塩基を“置き換える”ことができるものです。元々あるDNA上で局所的に起こる化学反応を利用しているので、遺伝子組換えには当たりません。この技術がもっと洗練されれば、酵素の活性、つまり働き方を計画的に変えることができるようになると期待されています。

 例えば、これまでは利用できていなかった物質を利用できるようになったり、反応の強さを調節できるようになったり、反応の結果できる産物をこれまでとちょっと性質の違うものにできたりするようになるかもしれません。その結果、毒素を作らないだけでなく含まれる栄養素が変わり、今までよりもちもちした食感や、腹持ちのよいジャガイモが現れ、新しい調理法や食べ方が生まれるかもしれません。

 生体内で起こる代謝は、図4のように網目のように枝分かれしていて、分かれ道ごとに酵素が働いています。
 天然毒素低減ジャガイモで見られたように、狙いを定めた酵素の機能を正確に失わせれば、どの代謝経路に進むかを制御できるかもしれません。
 代謝経路の途中にある中間産物は通常、生体内にはわずかしか見られません。しかし、それが薬の材料になるような貴重な物質だった場合、あえて反応を途中で止めて、中間産物の新たな利用の仕方を考えるのも良いかもしれません。

多様で豊富な植物の代謝物質は“宝の山”、メタボロミクス研究はその宝に至る“地図”、ゲノム編集の技術は宝を取り出す“宝刀”になるのかもしれません。ゲノム編集によって、食用作物からどんな“宝”が生まれてくるのか、楽しみにしたいと思います。

写真

プロフィール

写真 村中俊哉教授(左)と安本周平助教(中)に研究室をご案内いただきました(右・筆者)。 ありがとうございました。

村中 俊哉 (むらなか としや)氏

 大阪大学大学院工学研究科 教授
 1985年、京都大学農学研究科農芸化学専攻修士課程修了。同年、住友化学工業株式会社に入社。
 1993年、京都大学農学研究科で博士(農学)を取得。
 理化学研究所植物科学研究センターチームリーダー、横浜市立大学木原生物学研究所教授を経て、2010年より現職。現在、植物バイオテクノロジーに関わる研究に従事。

安本 周平(やすもと しゅうへい)氏

 大阪大学大学院工学研究科 生物工学専攻 助教
 2017年、大阪大学大学院工学研究科生命先端工学専攻博士後期課程 単位取得退学、博士(工学)を取得。
 大阪大学大学院工学研究科での特任研究員を経て、2019年より現職。現在、植物代謝工学に関する研究に従事。

森田 由子(もりた ゆうこ)氏

 科学技術振興機構「科学と社会」推進部 専門役
 東京大学大学院理学系研究科で博士(理学)を取得。同大学大学院新領域創成科学研究科
先端生命科学専攻で助手を務める。
 その後、製薬会社研究員を経て、2006年から日本科学未来館に勤務。2012年から2022年9月まで科学コミュニケーション専門主任、同年10月から現職。