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農林水産技術会議

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国内における研究開発事例を紹介します!(国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所 森林バイオ研究センター編)

健やかな生活を支える林業のために~無花粉スギから広がる新しい林業~

精英樹とエリートツリー

精英樹とは、各地の山で周囲の大木3本と比較して成長の早さや材質などで優れている、といった特性を買われ、その山の“精英”として選ばれた木々のことです。「ここで行われているスギの育種は、1954年、全国の山々から選りすぐりの約3,000本を集めた『精英樹選抜育種事業』から始まっているんです。」と、林木育種センターの倉本哲嗣・育種部育種第一課長が、ほ場に植えられた木を前に話してくれました。

写真 林木育種センターの倉本哲嗣・育種部育種第一課長から、精英樹の特徴について伺いました。

 この精英樹は、現在林業用の苗木の生産に用いられています。そして、これら精英樹の中で、検定の結果、優れた特性を持つ者同士を掛け合わせて得られたものが、第二世代精英樹「エリートツリー」です。このエリートツリーの中でも、特に成長が早く、木材としての特性に優れ、真っ直ぐで、花粉量も通常のスギの半分以下といった特性を持つものが、間伐等特措法(※3)で「特に優良な種苗を生産するための種穂の採種に適する樹木であって、成長に係る特性の特に優れたもの」と定められている「特定母樹」として農林水産大臣から指定されます。今後、この特定母樹から生産される種子や挿し木用の穂木を用いて、林業用の苗木の生産が進んでいくことになります。

写真 初代・精英樹から特定母樹が生まれるまで(林野庁「特定母樹ってなんだろう」より ※4)

 エリートの中のエリートである特定母樹は、古来より続くクローン技術「挿し木」で増やすことができます。
 まず、母樹から、穂木といって、挿し木にするための枝を切り出しますが、穂木の数は枝の数が限界ということになります。ですから、たくさんの苗木を供給するには種子の方が有利です。しかし、繰り返しになりますが、スギは他殖なので、種子による子どもの成長や材質などは、母樹と花粉親の能力の範囲内でばらつくこととなります。農作物では、「F」と呼ばれる両親の “いいとこ取り”の子どもを敢えて作ることもありますが、これはどのように特性が遺伝するかがわかっていることが前提です。他殖で、しかも特性を決める遺伝子が複数に渡るような場合は、子どもには様々な特性がばらばらに受け継がれます。そのため、自殖では容易な “いいとこ取り”を繰り返して積み重ねていくような「ピラミディング育種」という方法を採ることは難しく、得られる子の特性は狙いどおりになりにくくなります。

ゲノム編集で越える「他殖」の壁

 そこで、その「他殖の壁」を乗り越える技術として、ゲノム編集が注目されています。ゲノム編集とは、生物それぞれが持つ遺伝情報を切ったり書き換えたりすることです。具体的には、遺伝情報を担っているDNAの、塩基と呼ばれる分子の配列を狙ったとおりに変化させることで、遺伝情報を変化させます。いくつかの手法がありますが、スギのゲノム編集で利用されているのはCRISPR/Cas9です。この方法の特徴は、ターゲットとなる配列を認識して、これに結合するために使われるのがRNAだという点です。このRNAをガイドRNA(gRNA)と呼びますが、合成して作ることはそれほど難しくなく、他の方法よりも使い勝手がよいため、スギのゲノム編集ではCRISPR/Cas9が利用されています。

写真 CRISPR/Cas9では、20塩基を識別して切断する場所を決定。理論上は狙った箇所を切断することができます。
(農林水産省リーフレット「ゲノム編集~新しい育種技術」より)

技術の応用を阻むもうひとつの“壁”

 植物の細胞には“細胞壁”という構造があります。文字通り細胞を覆う壁のようなもので、これによってゲノム編集技術が使いにくくなります。
 動物細胞にはこの“壁”はありません。そのため、CRISPR/Cas9を、細胞膜を通して直接細胞の中に送り込むことができます。しかも、CRISPR/Cas9は切断作業が終わればやがて分解されてしまいます。植物細胞では、細胞壁があるせいで、又は細胞内圧や細胞膜の弱さのせいで、動物細胞のようにCRISPR/Cas9を直接細胞に入れることが非常に困難です。そこで一旦、遺伝子組換えの手法で、植物細胞に感染するアグロバクテリウムというバクテリアによって、CRISPR/Cas9を作る遺伝子を植物細胞に送り込んでゲノムに組み込み、細胞内でCRISPR/Cas9を作らせるようにします。
 そして後日、ゲノム編集した個体とCRISPR/Cas9の遺伝子を持たない個体を交配することによって、導入したCRISPR/Cas9の遺伝子を持たない子ども「ヌルセグリガント」にします。
 森林バイオ研究センターでは、現在、2019年にゲノム編集を施した個体が無花粉になっていることを確認し、様々な精英樹と交配させてヌルセグリガントの無花粉スギを作り出そうとしているところです。

写真 左が植物細胞、右が動物細胞。ゲノム編集をする上で最も大きな違いは、細胞壁の有無。
(農林水産省作成)
写真 ゲノム編集を行うために導入した遺伝子が除かれたヌルセグリガントは、導入した遺伝子を持たない個体と交配することで得られます。
(農林水産省作成)