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農林水産技術会議

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2023年農林水産技術ニュース

スマート農業技術特集

進化する植物工場に注目!

農業従事者の減少と高齢化問題を解決する糸口となるのが、スマート農業技術を活用し天候に左右されずに高品質な野菜を安定生産できる植物工場だ。農研機構のつくば実証拠点で植物工場を研究する礒﨑さんにお話を伺った。

写真:礒﨑 真英さん

農研機構 野菜花き研究部門 施設野菜花き生産管理システムグループ長
礒﨑 真英(いそざき まさひで)さん

栽培の不確実性を排除

農業には不確定な要素が付きものだ。光や温度、湿度の変化によって、害虫や病気が発生しやすい悪条件が作り出されてしまう。光合成を十分にできず水が不足すれば、植物組織の損傷や生育の阻害、品質の低下、季節外れの開花などが起こって正常な生育ができなくなる。
そこで注目したいのが「植物工場」だ。農研機構の礒﨑さんは「農業はこれまで経験と勘に頼ってきました。しかし農業従事者の平均年齢は68.4歳(2022年)で、70歳以上が約6割を占め後継者不足が課題です。また、干ばつや洪水、異常気象といった天候の不確実性によって、作物の収量が著しく変動します。不確実性による悪影響を排除するのが植物工場です」と話す。

「植物工場」とは、屋内で人工的に農作物を大量に生産するシステムで「太陽光利用型」と「完全人工光型」の2種類がある。人の経験や勘に加え、光や温度、湿度、CO2濃度、養分、水分などの環境制御を高度なテクノロジーを活用して行い生育を予測する。これにより1年を通して農作物の計画生産と、安定した作物供給が可能となる。
農研機構の「植物工場つくば実証拠点」では、太陽光利用型施設で、トマト・キュウリ・パプリカの生産効率向上を目指す研究が進められている。水管理や病害虫管理、気象モニタリングなどで環境を制御することで、生産性低下につながる不確実性が排除されるのだ。

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つくばの実証拠点にある太陽光利用型植物工場。高度な施設で生産効率を向上

人手不足解消に貢献

植物工場は、農作業の自動化・省力化も図れることも大きなメリットだ。収穫日も予測できるので、それに合わせた労働力の確保も可能となる。
「収穫量と収穫時期が予測できるので、生産効率が上がります。生産効率というのは、労働時間当たりの生産量です」と礒﨑さんは語る。

日本では高齢化と労働力不足によって、放棄される農地の増加も大きな問題だ。これも農地を集約した植物工場により、経営規模を拡大し生産効率を上げることで解決が期待できる。

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肥料成分を含む養液で育て、高いところから吊るす「長段栽培」を採用

将来は月面での農作物生産も

季節や天候に左右されず、収量を計算できることから、植物工場は世界的に研究や導入が進み、日本でも先進的な企業が取り組みを開始している。
「植物工場は光合成を調節し、花や果実の数を最適化することが可能で収穫量を自在に調整できます」

また、農研機構の九州実証拠点では、完全人工光型植物工場において、リーフレタスなどの生産技術の開発に取り組む。近接照明が可能なハイブリッド電極蛍光管(HEFL)を光源として用いて、リーフレタスの生産性を向上させてコストを削減。付加価値を高めるための生産技術の開発に取り組んでいる。波長特性の異なる光源で、複数種類のリーフレタス品種を生産。適した品種を選定するとともに、効率的な培養液管理方法を開発中だ。

さらに、人工光型植物工場では資源循環型農業を実現するために、微生物によって分解可能な素材を原料とした栽培用培地の開発が進む。
「この技術は地上だけではなく、資源が限られた宇宙や月面での作物栽培にも適応することができます」
地上だけでなく、来るべき宇宙時代へ向けて希望が広がる植物工場。今後の研究成果に期待したい。

図:植物工場の3つのメリット。1収穫量を調整できる、2必要な人員を少なくできる、3外的要因に左右されない

 

自然を再現する人工気象室

気候変動により不安視されている将来の農作物の生産。農研機構では自然環境を人工的に再現し、気候変動に対応する栽培方法や品種を研究。地球の未来を救う取り組みが進められている。

写真:米丸 淳一さん

農研機構 基盤技術研究本部 農業情報研究センター データ研究推進室 兼 インキュベーションラボ 室長・ラボ長
米丸 淳一(よねまる じゅんいち)さん

栽培環境を再現しAIで生育状況解析

気温や日照などの自然要因に影響を受ける農業は、気候変動と切っても切り離せない。
農研機構の米丸さんは、「2023年の夏は統計開始以降で最も暑く、多数の農作物が被害を受けました。農業にとって気候変動対策は、緊急の課題です」と言葉に力を込める。

気候変動が起こす農作物生産の不安定化を乗り切るためには、どうすればいいか。気温や日照など条件が異なる環境で農作物を栽培した場合に、収量や品質がどう変化するかを明らかにする必要がある。また、新たな気候に適応する育種(農作物などの品種を改良すること)も求められる。そこで手助けとなるのが、米丸さんたちが開発した「ロボティクス人工気象室」だ。

ロボティクス人工気象室は、「栽培環境エミュレータ」と「ロボット計測装置」の2つの装置で構成されている。
「栽培環境エミュレータは、自然環境の一部を再現できる人工気象室です。温度や湿度、CO2濃度のほか、日照の代わりとなるLEDライトの強さ・長さを分単位で精密に制御可能です。その利点は、季節を模せること。農作物の新たな栽培技術を検証できる機会を増やすことができます」と米丸さんは語る。

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栽培環境を精密に制御し、農作物の環境応答について解析できるロボティクス人工気象室

例えば、春に種をまき秋に収穫する農作物なら、自然環境下では、新しい栽培技術や育種を実地検証できるのは1年に1回だけだ。一方で、栽培環境エミュレータで栽培時期を再現すれば、1年に2回試せる。さらに、自然に任せた場合はその年によって気象条件は異なるが、栽培環境エミュレータなら確実に再現できるのもメリットだ。現在、農研機構にある栽培環境エミュレータは20台超。理論上は、年2回の栽培で、40年分以上の検証ができることとなる。

ロボット計測装置は、栽培環境エミュレータで栽培している農作物を撮影する装置だ。「カメラがレールを移動しながら、対象物を上下左右から撮影。そのデータは、農研機構のスーパーコンピューター『紫峰』に送られ、深層学習(AI解析)によって、大きさや色などの生育状況を解析します」

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LEDライトの強さ・長さを分単位で精密に制御。温度や湿度、CO2濃度も自然環境を再現(写真は農研機構提供)

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人工気象室内のカメラが農作物を撮影。スーパーコンピューターにデータを送付しAIで解析される(写真は農研機構提供)

データベースと連動 気候変動に挑む

農研機構では、ロボティクス人工気象室を利用して、どのようなことを行っているのか。一例が、稲の栽培試験だ。
「年々激しさを増す夏の暑さによって高温障害が発生し、コメは収量減少や品質劣化の危機に直面しています。その対策を検証中です」

今後の研究の見通しについて米丸さんは「雨や雪、雷などを含めた自然のすべてを再現したいと考えています。様々な栽培環境の中で推定した農作物の生育特性や品質を、農研機構の統合データベースに含まれる農業データと連動させて解析。気候変動によって生じる様々な環境に適応した、農作物の生産技術開発を目指します」
ロボティクス人工気象室の研究で気候変動に挑む米丸さんは「チャレンジする精神を持ち、未来を切り拓いてください」と読者にエールを送った。

図:人工気象室で推定できる情報。1収穫時期、2収量、3品質

 

需要時期にイチゴを適量出荷

工業製品の生産現場では、製品を必要なときに必要な量だけ供給する「ジャストインタイム生産(JIT生産)」が普及している。
自然を相手にする農業分野ではこれまで難しかったが、農業技術の進化によって農作物JIT生産の実現が近づいている。

写真:太田 智彦さん

農研機構 基盤技術研究本部 農業ロボティクス研究センター 施設ロボティクスユニット ユニット長
太田 智彦(おおた ともひこ)さん

データをもとに出荷量調整

農研機構の太田さんのチームが、JIT生産を実現しようとしている農作物がイチゴだ。イチゴは旬の冬から春を中心に、年間を通じて需要がある。
「なかでも需要のピークは、クリスマスや年末年始にあたる12月中旬~1月上旬です。取引価格も高くなるこの時期に出荷を合わせることは、農業経営の安定化にもつながります」と太田さんは語る。

従来、イチゴの収穫期は、開花から収穫までの積算温度(1日の平均気温の合計)で予測していた。しかし、この予測方式は、天候に大きな影響を受けるため、精度が低くズレが±1週間ほどあった。
そんな状況を受けて「データをもとに、誰にでも出荷量の調整ができる生産制御技術が必要」との認識から農研機構のチームは、イチゴのJIT生産への挑戦を開始した。

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イチゴは全国出荷量が約14万9,200t(2022年)で、トマトやキュウリと並んで市場が大きい

図:JIT生産が実現すると?需要が増える年末年始に出荷することで、需要が少ない時期の「つくりすぎ」を防ぎ、フードロスの削減にもつながる。

5段階に分けて気温変化を測定

太田さんのチームが最初に行ったのが、開花から収穫までの生育過程を正確に把握することだ。
「気温や湿度、日照時間など自然環境を再現できる人工気象室内でイチゴを栽培。果実の大きさや色、果実表面の温度などの生育状況を専用のカメラで測定していきました」
イチゴの開花から収穫までの間を5段階に分け、各段階で気温変化を測定・制御。その結果、収穫日が高精度に予測できることが分かり、出荷量の調整へ道筋を開いた。

「新しく構築した収穫日予測モデルを人工気象室で実験したところ、収穫目標日に対し±1日間で制御できることを確認。出荷量の調整につながる成果を得ました」と研究成果に胸を張る。
イチゴのJIT生産を多くの生産者が利用できるよう、現在実際の栽培環境での実証実験が行われている。

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上下左右からイチゴを撮影することで、房なりのイチゴであっても、個々の花の開花状況をAIにより検出できる(写真は農研機構提供)

専門家の連携で研究に成果

実はイチゴのJIT生産方式の開発のために、多くの専門家が力を合わせている。収穫日予測に欠かせない開花の特定には、農研機構のAI専門家が開発した「自動アノテーション*プログラム」を活用。従来は開花状況を学習させるために、開花する花を1万か所以上、手作業で囲う必要があった。これに対しAIの活用で、囲む部分は100か所程度でも十分な精度を得ることができ、労力を大幅に削減した。

ほかにもイチゴの成長過程を理解するために、イチゴ栽培の専門家にアドバイスを受けた。「連携が一つでも欠けていたら、技術は完成できなかった」とチームプレイの大切さを強調する。
「農学は、栽培からトラクターなどの農業機械、農家の人手不足を解消するロボットまで、関連領域が幅広い学問です。食べることが好きなら、ぜひ農業研究の仲間になってください」と、読者に対して研究への参加を呼び掛けた。

*アノテーションとは、あるデータに対して関連する情報を注釈として付与すること

図:人工気象室でイチゴのJIT生産に向けた検証を実施。1画像センシング、2収穫日予測、3収穫ピーク日制御

 

収量最大化への挑戦

農研機構では、植物生理・生態学に基づき、施設環境データと農作物の生育データから、将来の収量・品質を見える化するツールを開発した。
ツール開発に関わり生産管理を研究する安さんにお話を伺った。

写真:安 東赫さん

農研機構 野菜花き研究部門 施設生産システム研究領域 施設野菜花き生育制御グループ長
安 東赫(あん どんひょく)さん

国内トマトの収量増加を図る

日本で最も生産額が大きい野菜、それがトマトである。トマトの高品質・多収栽培技術の研究・開発を牽引する農研機構の安さんは「トマトは品種も多様で制御する項目が多く、適正に制御するのは容易ではありませんでした。収量を増やすには、環境制御装置の導入と利用技術向上が必須です。私たちは、環境条件と生体情報から生育を見える化し、生育・収量を予測するツールを開発しました」と話す。

このツールによって、トマトのポテンシャル生産量が分かり、予測情報に基づいた改善によって、収量向上が可能となる。
「国内のトマトは高い品質を誇っていますが、10アール当たりの年間平均収量は約15トン程で多いとは言えません。トマト1トンを生産するための労働時間は114時間もかかり、海外に比べて効率的ではありません」
日本の農業は年間を通じた安定生産、収量増加、作業時間削減など、生産性向上のために、データに基づいた高効率なスマート農業への転換を図る必要がある。

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生育モデルに基づいた生育・収量予測技術で、トマト栽培などで成果を挙げている

シミュレーションと実証試験で成果

気温、日射、CO2といった「環境データ」と、栽培期間中の葉面積指数(LAI)や着果数などの「生育データ」から、生育や収量のシミュレーションが可能となる。
ツールを活用して環境制御や栽培管理を行ったところ、トマトの収量が3倍にまで向上することが明らかになった。
「生育・収量が最大となる条件をシミュレーションし、大規模生産法人を含む3カ所の施設において実証試験を行ったところ、糖度5度以上のトマトの収量は、10アール当たり50トン以上を達成しました」

三重県松阪市と栃木県下野市で行った栽培管理では、10アール当たりの年間収量は、農研機構が開発したトマトの品種である「鈴玉」で55.5トンとなり、これまでの平均収量15トンを大きく上回った。一方の従来品種「りんか409」においても、50.4トンと高い収量を得た。
「植物はとても正直。温度と成長速度の関係や、受光と重量増加、ハウス内CO2濃度と物質生産量など、気象情報と生体情報から正確な推定収量が予測できます」

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温度などを計測するモニタリングシステムを活用することで収量予測に役立つ(写真は農研機構提供)

データを活用した施設生産を実現

これまでも施設環境のモニタリングは可能だったが、生育・収量と紐づいていなかった。しかし、「環境・生育・制御情報の共有など、データを活用したICTサービスにより、出荷や作業計画などの儲かる仕組みが整う」という。
「栽培管理情報などのデータ解析による、農作物の生育ステージや収量の正確な予測により、作業員の適正配置や出荷・営業スケジュールの調整が可能です。現在、スマートフォンなどで、手軽に栽培管理できるアプリも開発中です」

将来的には、植物工場などの大規模施設園芸だけでなく、環境制御装置のないハウスなど中小型施設への展開も予定している。データ活用により、日本の施設園芸全体の底上げが期待される。
農作物の収量拡大を目指す安さんの挑戦は、農業の未来のために欠かせない。最後に安さんは「研究では知らないことを知る姿勢が大事。好きなことを見つけて目標を立て努力すれば、明るい未来が待っているはずです」と、読者に向けてアドバイスを語った。

図:データを活用した農業ICTサービス

 

農研機構

農業、畜産、食品分野の国内最大の研究機関です。
農研機構 https://www.naro.go.jp/

PDF版

  1. 進化する植物工場に注目!(PDF : 2,410KB)
  2. 自然を再現する人工気象室・需要時期にイチゴを適量出荷(PDF : 3,641KB)
  3. 収量最大化への挑戦(PDF : 2,877KB)

お問合せ先

農林水産技術会議事務局研究企画課

ダイヤルイン:03-3502-7407

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