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農林水産技術会議

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2024年農林水産技術ニュース

特集 みどりの食料システム 研究最先端

「みどりの食料システム戦略」の実現に向けて、現在進められている最先端の研究から四つをご紹介します。

みどりの食料システム戦略とは、環境負荷を減らしながら、生産力を向上させる「持続可能な食料システム」を構築するために、2021年に農林水産省が策定した方針。調達、生産、加工・流通、消費の各段階で取り組みを推進しています。

Vol.1 すぐにあきらめない!?天敵となる虫の育成

農作物につく害虫を食べてくれる天敵昆虫。農作物から動かない天敵昆虫がいれば、ずっと害虫を食べ続けてくれるのでは? 「すぐにあきらめない」天敵昆虫の研究について農研機構の世古智一さんに聞きました。

エサを探し続ける天敵昆虫を育成

農作物の害虫対策には化学農薬がよく使われています。しかし、薬剤への抵抗力が強い害虫の出現や、新しい化学農薬の開発の難しさから、化学農薬だけに頼らない害虫対策が求められています。

農作物に付く害虫を食べてくれる天敵昆虫について、世古さんは「害虫が発生したらすぐに天敵昆虫を畑に放すのですが、発生初期はエサとなる害虫が少ないために、天敵昆虫が逃亡や飢餓などでいなくなってしまう傾向があり、より効果の高いものが求められています」と話します。「ヒトに個性があるのと同じように、昆虫にも個性があります。そこで、作物からすぐに去らず、粘り強くエサ=害虫を探し続ける、つまり『すぐにあきらめない』特性の天敵昆虫を育成することにしました」とも。

この研究は「みどりの食料システム戦略」の目標「化学農薬使用量の低減」と「有機農業の取組面積の拡大」への貢献が期待されています。

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研究室でタイリクヒメハナカメムシの飼育作業をしている農研機構の世古さん

定着を目指して選抜をくり返す

研究の対象となったのは、害虫のアザミウマをたくさん食べてくれるタイリクヒメハナカメムシです。天敵昆虫が作物に長く滞在して、害虫の防除に役立つことを「定着」といいます。定着を目指して研究が始まりました。

「天敵の育成は世界的に注目されていますが、方法はまだ確立されていないフロンティアです。私たちはその方法を探りました」と世古さん。

研究を続ける中でわかったのは、歩行活動量の低い個体はエサの探索に長い時間をかけるということです。世古さんたちは歩行活動量の低い個体を選抜することで「すぐにあきらめない」系統を育成できるのではないかと考えたのです。

そこで測定装置を使って歩行活動量の低い個体を選抜し、何世代もそれをくり返したところ、選抜していない系統の5、6分の1くらい活動量の低い系統ができました。

昆虫の歩行活動量を測定する装置

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測定装置に差し込まれたガラスチューブには1個体ずつ昆虫が入れられ、センサーで歩行活動量をカウントする。測定と選抜は3年以上かけて行われた

歩行活動量に対する選抜の推移

グラフ

実用化に向けて開発を進める

育成の効果を実証する試験では、選抜した系統で定着する個体が増えたことが確認できました。

現在は実用化に向けて「(1)選抜系統に共通する遺伝子を見つけ、目印にして選抜をする、(2)タイリクヒメハナカメムシにエサを与えて定着をうながす、(3)天敵昆虫を放す時期を変えるなど、より効果的な利用法を探す。この三つを組み合わせることで、効果のアップに取り組んでいます」と世古さんは話し、「害虫の被害に苦しむ生産者から『早くほしい』という声をもらっています。近い将来には実用化できるように開発を進めています」と力を込めました。

写真

ナス畑で、選抜系統の定着をたしかめる実証試験をしている世古さん

ワード解説

アザミウマ

ナスやキュウリ、イチゴなどの野菜類のほか花や果樹などに被害をもたらす体長1~2ミリほどの害虫。薬剤に対する抵抗性が発達しており、対策が難しい「難防除害虫」といわれる。

写真:アザミウマ

タイリクヒメハナカメムシ

アザミウマを食べる代表的な天敵昆虫。体長は2ミリほど。20年以上前からピーマンやナスなどに使用されている。

写真:タイリクヒメハナカメムシ

研究者からのメッセージ

農研機構 植物防疫研究部門 作物病害虫防除研究領域 上級研究員 世古 智一 さん

高校生のとき、社会科の資料集に載っていた『沈黙の春』(レイチェル・カーソン/著)という本を読んだことがきっかけで、環境問題を解決するための研究をしたいと考えました。みなさんにも、化学農薬のみに頼らない、持続可能な農業の実現の重要性に関心を持っていただけるとうれしいです。

写真:世古智一さん

この研究は、「ムーンショット型農林水産研究開発事業(JPJ009237)」の支援を受けて実施しています。
写真はすべて農研機構提供

Vol.2 牛の胃の細菌を活用して温室効果ガス減へ!

メタンは二酸化炭素と同じ温室効果ガスの一つで、牛のげっぷにはメタンが多く含まれています。牛の胃の中にいる細菌を活用してメタンの排出量を減らす研究に取り組んでいる農研機構の真貝拓三さんにお話を聞きました。

牛の頭数は増加 メタン排出量も多く

牛は四つの胃を持っています。食べたものが最初に入る一番目の胃(第一胃)は大きな袋状で、すんでいる微生物がエサを分解、発酵します。この発酵の副産物としてメタンが作られ、牛の口や鼻から放出されています。

真貝さんは「牛肉、牛乳の需要が増え、世界の飼養頭数は増加の一途。地球上には15億頭の牛がおり、メタンの排出量も無視できないほど多くなってしまいました」と話します。

また「ここ数年注目されているのが大気中のメタンの濃度です。温室効果ガスであるメタンを減らすために、メタン排出源の31%を占める家畜生産における対策が重要になってきたのです」とも。

円グラフ:世界の主要なメタン排出源、家畜生産(主にげっぷ)31パーセント

牛の第一胃から 新種の細菌を確認

農研機構では家畜の生産性を高める目的で牛の研究をしており、その中に「呼吸試験装置」によるメタンの測定もありました。真貝さんが参加したのは、のちに発足した「メタン低減プロジェクト」です。

「メタンの測定に立ち会ったときのこと。同じ内容・量のエサでもメタンの産生量が牛の個体ごとに違うと気づきました。そこに第一胃内の微生物が関係するのではと考えたのです」と真貝さん。

メタン産生量の少ない牛の第一胃には「プロピオン酸」という物質が多く存在しました。メタンとプロピオン酸はどちらを作るにも水素が必要で、胃の中では水素の取り合いとなっています。そこで、プロピオン酸の増加をうながせれば、メタンを減らせる可能性があるというわけです。

さらに真貝さんたちが調べると、メタン産生量の少ない牛=プロピオン酸の多い牛の胃にはある細菌が多く存在することが明らかになりました。それを分離・培養し、新種の細菌と確認しました。

写真

細菌実験を行う農研機構の真貝さん。手元や後ろに見える風船(嫌気チャンバー)内は細菌が生きる環境に合わせ酸素を除去、高濃度二酸化炭素が入っている

細菌でメタン低減生産性アップに

「プレボテラ ラクティシフェックス」と名付けられた新種の細菌は、水素を使ってプロピオン酸を作る過程に関わっていることがわかりました。「胃にすむ多様な細菌の中から特定の細菌を分離できないと、調べたり活用することができません。分離できたことはとても大きな一歩です」と真貝さん。

今後は「この細菌を生菌剤として活用するための研究を進めます。胃の中のプロピオン酸が増えるとメタンの低減に加え、プロピオン酸が牛の栄養となるので生産性アップにもなります」とのこと。

真貝さんは「私たちの細菌の研究を社会に役立つ技術へとつなげていきます」と未来を見すえました。

図:牛における飼料発酵の概略図

ワード解説

呼吸試験装置

牛が一頭丸ごと入る装置。内部は温度や湿度などが一定に管理されており、牛が食べたエサの量や牛から排出されるメタンなどのガス類、糞や尿の量を測定できる。

写真:呼吸試験装置

生菌剤

体によい効果のある生きた微生物を摂取できるよう製剤したもの。

研究者からのメッセージ

農研機構 畜産研究部門 乳牛精密管理研究領域 乳牛精密栄養管理グループ グループ長補佐 真貝 拓三 さん

高校生のとき、ヒトの細胞の電子顕微鏡写真を見て、その不思議さと美しさに魅せられました。その感動が今につながっています。目の前の勉強も大事ですが、視野を広げ、いろいろなことに興味を持ってほしいです。読書、特に自己啓発書はものごとへの取り組み方が大きく変わるので、おすすめです。

写真:真貝拓三 さん

この研究は、「ムーンショット型農林水産研究開発事業(JPJ009237)」の支援を受けて実施しています。
写真はすべて農研機構提供

Vol.3 茎が大きく傾く「開張型イネ」で雑草の生育を抑える!

イネといえばまっすぐに伸びる姿をイメージしますが、茎が大きく傾いた「開張型イネ」が開発されました。この研究の目的や内容について、農研機構の稲垣言要さんと浅見秀則さんに話を聞きました。

雑草に負けない茎が大きく傾くイネ

植物生理学の研究者で、開張型イネを開発した稲垣さんは「開張とは茎が傾く形のこと。田植えから1、2週間の生育初期に茎が傾き始め、1か月ほどでパラボラアンテナのように開きます」と話します。「太陽光を普通のイネより多く浴びるので光合成が効果的に行われ、イネがよく育ちます」とも。

雑草学の研究者、浅見さんは「分げつ(茎)数が多いのも特徴です。多くの茎が開張して影ができ、イネの下の地表に光が届きにくくなります。このおかげで、イネと競い合うように育つ雑草の生育を抑える役割を果たします」と説明しました。

写真

研究室で作業をしている稲垣さん

野生イネの可能性と開張型イネの発見

現在の「栽培イネ」は、古代において、野に育っていた「野生イネ」から「育てやすくおいしい米がたくさん収穫できるイネ」を選抜する過程を経て生み出されました。

「選抜の過程で、野生イネのもつ『遺伝子の多様性』が失われてきました。そこに現代の農業に役立つ遺伝子がある可能性を考えました」と稲垣さん。そして栽培イネと野生イネを交配して得られた系統を観察する中で、開張型のイネを発見。

さらに、「栽培イネと同じくらいの収穫量と味にするため、野生イネの遺伝子の割合を減らしました。その過程で収穫期には茎が立ちあがるようになりました。この時期は茎が立っていたほうが光合成の効率が高いことが知られています」とのこと。

写真:普通のイネ(コシヒカリ)、開張型イネ

開張したイネは約1か月間その形を保った後、普通のイネのように茎が立ち上がる

雑草を抑えることで環境に配慮した米に

浅見さんは「開張型イネは、『イネの生育初期の雑草を抑える』という、これまで除草剤が果たしてきた役割の一部を担ってくれます。さらに、雑草に取られていた土の中の栄養分をイネに回せるので、肥料の効率がよくなり、収穫量のアップも期待できます」と話します。

今後は「開張するという特徴を今ある品種に付与することで、いろいろなイネに活用できるのではないか」と稲垣さん。浅見さんは「開張型イネを『環境に配慮した米』として消費者に選んでもらえるときが来たら、研究者としてはうれしいですね」と話しました。

グラフ

開張型イネは普通のイネ(コシヒカリ)より雑草の成長をおさえる

ワード解説

野生イネ

古代から野生で自生しているイネ。強い競争環境の中で生き抜くために、多様な遺伝子を持っているのが特徴。米の味は現代の日本人の口には合わない。

写真:野生イネ

交配

2種類のイネを開花のタイミングが合うように育て、花が咲いたら自家受粉(同じ個体内で受粉)しないよう、片方の花粉の機能を失わせて雌親とし、雄親となるもう片方の花粉を振りかけて受粉させる。

研究者からのメッセージ

農研機構 基盤技術研究本部 高度分析研究センター 生体高分子解析ユニットユニット長 稲垣 言要 さん

私が研究者になった理由は「謎への挑戦」に魅力を感じたからです。開張型イネは、農研機構の研究者たちの協力で生み出されました。研究には一人で考える力やひらめきも必要ですが、よき仲間を得て、協力しあって解決していくことも大切だと考えています。

写真:稲垣言要さん

農研機構 西日本農業研究センター 中山間営農研究領域 地域営農グループ(兼 植物防疫研究部門)研究員 浅見 秀則 さん

農業の問題解決につながる研究や開発で農家の人が喜んでくれると、大きなやりがいを感じます。私の専門の雑草学を含む「植物保護科学」は安定した作物生産の縁の下の力持ち。このような研究分野があることに関心を持ってもらえたらうれしいです。

写真:浅見秀則さん

この研究は、「農林水産省委託プロジェクト研究(JPJ002005、JPJ007962)」の支援を受けて実施しています。
写真はすべて農研機構提供

Vol.4 世界初! 地球にやさしい新品種「BNI強化コムギ」を開発

少ない窒素肥料で育つコムギが開発されました。この研究を進めている国際農研の吉橋忠さんにお話を聞きました。

窒素肥料を少なくしても生産力はそのまま

食料生産には窒素肥料が使われますが、畑にまいた窒素肥料(アンモニア態窒素)の多くは微生物が酸化することで、硝酸態窒素に変わります(このことを「硝化」といいます)。

作物はアンモニア態窒素や硝酸体窒素を吸収して生育しますが、土の中に留まりにくい性質をもつ硝酸態窒素は、作物が吸収する前にその多くが雨などによって畑の外に流出してしまい、地下水に流れ込んで水質を汚染したり、強力な温室効果ガスの一酸化二窒素となって大気に放出されたりします。

吉橋さんたちは、ある熱帯の牧草が根から放出する物質が「硝化を抑制している」ことを発見しました。この植物由来の硝化抑制を「生物的硝化抑制」(Biological Nitrification Inhibition:BNI)といいます。さらに同じ機能を持つ野生コムギを見出し、通常私たちが食べているコムギと交配することで、BNIを導入すること(「BNI強化コムギ」の開発)に成功しました。

この「BNI強化コムギ」は土壌中窒素の硝化を抑制するため、少ない窒素肥料でも生産量を減らさずに栽培することができます。硝化を抑制すれば、硝酸態窒素が減り、水質汚染や一酸化二窒素の放出が減るので、環境負荷の低減にもつながります。

図:これまでのコムギ、生物的硝化抑制機能をもつBNIコムギ

「奇妙な現象」から地球にやさしいコムギに

BNI強化コムギ研究の発端は、以前から観察されていた「ある植物を植えると土壌から硝酸態窒素がなくなる」という奇妙な現象でした。そこに注目した吉橋さんたちは1995年から研究を開始。植物の根から出ている物質を分析する方法を作るところから始め、2009年にBNIを学会で認めてもらうところまでたどり着きました。

さらに約10年かけて、コムギにBNIを導入したBNI強化コムギの開発に成功しています。

吉橋さんは「国際農研では、窒素肥料を買うことが難しい開発途上地域に役立つ技術を目指してBNI強化コムギの研究を始めましたが、今では世界の共通課題である環境問題の解決策となる地球にやさしいコムギとして期待されています」と話しました。

写真:BNI強化コムギ、BNIを導入する前の親系統

少ない窒素肥料という同じ条件で育てたコムギ。BNI強化コムギのほうがよく生育する。ちなみにBNI強化コムギは従来のコムギと味や香りなどは変わらないそう

インドを皮切りに日本そして世界へ

現在、吉橋さんはBNI強化コムギを実用品種にするために、世界第2位のコムギ大国、インドのコムギ品種にBNIを導入する研究を進めています。「インドを皮切りに日本のコムギやコムギ以外の作物でも研究が始まっています。この手法は世界へ広がっていくと考えています」と吉橋さん。これまでとは違った新しい食料システムの開発が進んでいます。

写真

2023年12月にドバイで開かれた国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP28)でBNI強化コムギについて講演する吉橋さん

ワード解説

一酸化二窒素

温室効果ガスの一つ。海洋や土壌、窒素肥料の使用、工業活動などから放出され、大気中の寿命が109年と長い。二酸化炭素の265倍の温室効果があるといわれている。

野生コムギ

自然界に自生するコムギの近縁種。BNIの機能をもつのは「オオハマニンニク」という種類で、イネ科の植物だが、名前も見た目もコムギとは似ていない。

写真:野生コムギ

研究者からのメッセージ

国際農研 生物資源・利用領域 プロジェクトリーダー 吉橋 忠 さん

私は食べることが好きで、パンの酵母への興味がきっかけで農学部へ、そして研究者を目指しました。今はアジアやアフリカの多くの国へ行き、食文化に触れ、気づきを得ながら食に関する研究をしています。地球規模の課題も実はみなさんとつながっています。見方や考え方を変えてみると、大きな課題に立ち向かえるタネが見つかるかもしれません。

写真:吉橋忠さん

この研究は、運営費交付金プロジェクト「生物的硝化抑制(BNI)技術の活用による低負荷型農業生産システムの開発」により実施しています。
写真はすべて国際農研提供

農研機構

農研機構(正式名称 国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)は農業、食品分野の国内最大の研究機関です。茨城県つくば市に本部があり、全国に拠点があります。

国際農研

国際農研(正式名称 国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター)は開発途上地域の農林水産業の技術向上のための研究や技術支援などを行い、世界の食料問題や環境問題の解決、農林水産物の安定供給などに貢献しています。

PDF版

  1. すぐにあきらめない!?天敵となる虫の育成(PDF : 2,558KB)
  2. 牛の胃の細菌を活用して温室効果ガス減へ!・茎が大きく傾く「開張型イネ」で雑草の生育を抑える!(PDF : 2,777KB)
  3. 世界初!地球にやさしい新品種「BNI強化コムギ」を開発(PDF : 2,568KB)

お問合せ先

農林水産技術会議事務局研究企画課

ダイヤルイン:03-3502-7407

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