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農林水産技術会議

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ゲノム編集~新しい育種技術~

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1 農作物が作られてきた歴史

 青果店やスーパーマーケットに行くと、多種多様な野菜が販売されています。また、ホームセンターなどのタネ売り場に行くと、同じ野菜でも様々な品種があることがわかります。これらの野菜のほとんどは、人間が長い年月をかけて野生の植物から作り出したものです。
 キャベツを例に考えてみましょう。お店でよく見る大きなキャベツや赤キャベツ、小さな芽キャベツなど様々ありますが、それだけではありません。ブロッコリーやカリフラワーも、元はキャベツと同じ野生の植物から作り出されたものです。

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 農作物の祖先である野生の植物は、実が小さかったり、毒があったりして、栽培して食べるには適さないものがほとんどです。それでも栽培を続けるうちに性質が変化したものが生えてくることがあり、その中から利用しやすいものを人間が選んできました。
 例えば、実が大きくなったものを選び、その種子を採り栽培することを繰り返すうちに、大きな実を付ける品種ができます。
 このように、新しい品種を作ることを品種改良や育種といいます。

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 稀に見つかる良い性質のものを選ぶだけでは目的に合ったものが得られにくいため、品種改良の方法の研究も進められてきました。性質の異なる品種を掛け合わせて良い性質を持つ品種を作る方法(交配育種)はよく知られています。
 性質の変化を助ける方法として、人為的に突然変異を起こしたり、遺伝子を組換える技術も使われていて、最近ではこの資料のテーマであるゲノム編集技術を用いた品種改良が進んでいます。

2 品種改良は遺伝子の変化を利用

 様々な目的に合わせた品種を作る品種改良は、遺伝子の変化によって性質が変わることを利用しています。
 遺伝子は、DNA(デオキシリボ核酸)のうちその生物の性質や特徴などに大きく関与する部分をいいます。
 DNAの構成要素の一つである塩基は4種類(A:アデニン、T:チミン、G:グアニン、C:シトシン)あり、この並び方(塩基配列)により性質や特徴の違いなどが決まります。
 また、生物が持つDNA全体をゲノムといい、その中には数万個の遺伝子が含まれています。

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 生物の細胞の中では、紫外線などによってDNAが切断されることがあります。生物はそれを元どおりに直す仕組みを持っていますが、稀に元とは違う並び方になることがあります。これが突然変異です。
 これまで私たちが行ってきた品種改良の歴史は、
1.自然界で起きた突然変異により性質が変化したものを選抜することから始まり、
2.異なる品種を掛け合わせる交配育種や、
3.放射線の照射や薬品処理等による人為的な突然変異、
4.別の生物から目的とする遺伝子を導入する遺伝子組換えが利用されるようになり、
5.ゲノム編集技術(後述)が近年開発され利用が始まっています。

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○自然に発生する突然変異の利用
 イネやコムギの祖先は、籾(もみ)が落ちやすいという欠点がありましたが、長く栽培を続ける中で、籾が落ちにくくなる突然変異が起こったものが選ばれてきました。また、たくさん実っても倒れにくいように、背が低くなる突然変異もよく利用されています。
 このように、自然界でも様々な突然変異が起こっていて、イネの場合、一世代栽培している間に数十カ所の変異が起こるといわれています。

○交配育種
 目的の突然変異が起こるのを待つだけでは効率が悪いため、新しい品種を作るのによく使われているのが、性質の異なる品種同士を交配する方法です。例えば、おいしくて病気に強い品種を作るとしましょう。
 今ある様々な品種の中から、おいしい品種と病気に強い品種を選び出し、一方の花粉をもう一方のめしべに付け(交配)、種子を採ります。すると、おいしい品種の遺伝子とおいしくない品種の遺伝子、また病気に強い遺伝子と病気に弱い遺伝子の両方の遺伝子を持つ種子ができます。
 得られた種子を播いて、目的の性質(遺伝子)を持つものを選び(選抜)、さらに品質の優れた品種と交配するという作業を何回も繰り返すことで、不要な性質が取り除かれ必要な性質を持つものを選んでいきます。新しい品種を作るまでに、イネでは10年くらい、果樹では何十年もかかります。

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○現代の育種技術
 交配による品種改良では、交配の親として様々な性質の品種を数多く用意することが必要なため、品種改良を行う種苗会社や研究機関では、多様な品種の種子を保管しています。
 それでも、目的の性質を持つ品種が見つからない場合は、遺伝子を変化させて目的に合ったものを新しく作る必要があります。
 そのため、放射線の照射や薬品処理等により人為的に突然変異を起こさせたり、遺伝子組換え技術で他の生物の遺伝子を入れて、目的の性質を持たせる方法が開発されてきました。ゲノム編集技術もその一つです。
 このように、品種改良の方法は様々ですが、どれも遺伝子の変化による性質の変化を利用しています。

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3 ゲノム編集技術の原理と特徴

 ゲノム編集技術の基本は、生物が持つゲノムの中の特定の場所を切断することです。生物には切れたDNAを元どおりに直す仕組みがありますが、稀に修復ミスで突然変異が起こります。
 ゲノム編集技術では、この現象を利用して目的の場所に突然変異を起こします。ゲノムの狙った場所に突然変異を起こすことができるのが、自然に起きる突然変異やこれまでの人為的な突然変異とは異なる点です。

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 ゲノム編集技術を品種改良に用いる利点は、特定の遺伝子に突然変異を起こさせて、目的の性質を持つ品種を効率的に作ることができる点です。目的の突然変異が起こるまで待ったり、何度も交配や選抜を繰り返したりすることに比べて大幅に時間を短縮することもできます。
 今後、気候変動や新しい病害虫への対応が求められた場合に、短期間で新品種を開発できることが期待されています。

 ゲノム編集を行うためには、ゲノム中の特定の場所を切る道具が必要です。そのために開発されたのが、DNAを切断する「はさみの役割を果たす酵素(はさみ酵素)」です。TALEN (タレン)、CRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)などの方法がありますが、いずれも遺伝子の塩基配列(A、T、G、C)を目印にして結合し、そこでDNAを切断するということは共通しています。
 例えば、CRISPR/Cas9では約20個分の塩基配列を目印に結合しますが、この配列になる確率は約1兆分の1(A、T、G、Cのうち1つが1/4の確率で20個並ぶため、1/4の20乗)と極めて低く、長いDNAの中でもピンポイントで狙った配列を切断することが可能です。

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○オフターゲット変異
 ゲノム編集では、目的の遺伝子以外も切断することが報告されています。これは「オフターゲット変異」と呼ばれます。そのため、本来目的とする塩基配列と似た配列の有無を調べ、似た配列がある場合にはその配列に変異がないか確認することが重要です。
 このような目的以外の遺伝子が変異することは、従来の品種改良でも起こっていますが、ゲノム編集技術は目的以外の遺伝子を切断する可能性は低いこと、また、万が一、目的以外の遺伝子を切断したとしても、従来の品種改良と同様に目的以外の変異がないものだけを選抜して利用します。

4 動物と植物でのゲノム編集の違い

○動物でのゲノム編集
 動物でのゲノム編集では、受精卵に針を刺して直接「はさみ酵素」を注入するなどして、目的の遺伝子を切断することができます。「はさみ酵素」は細胞内で分解されるため、次世代には残りません。

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○植物でのゲノム編集
 植物は細胞壁という硬い組織を持っているため、植物でのゲノム編集では「はさみ酵素」を直接細胞内に入れるのは困難です。そのため、遺伝子組換え技術を使って「はさみ酵素を作る遺伝子(はさみ遺伝子=設計図)」を一旦細胞に導入するのが一般的です。
 「はさみ遺伝子」がゲノムに組み込まれた後、「はさみ遺伝子」から「はさみ酵素」が作られ目的の遺伝子を切断する、という流れになります。

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 ゲノム編集を行った後は導入した「はさみ遺伝子」は不要になるため、交配などを利用し「はさみ遺伝子」のないものを選抜します。

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5 ゲノム編集と遺伝子組換え

 遺伝子組換えでは、目的の性質を持つ遺伝子を他の生物から導入し、その遺伝子の働きを利用します。
 一方、現在、品種改良の研究に用いられているゲノム編集では、元々持っている遺伝子に突然変異を起こすものがほとんどです。

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6 ゲノム編集技術を用いて実用化された品種

 ゲノム編集技術によりこれまでに実用化された品種を紹介します。

【GABA高蓄積トマト】
 トマトに含まれるGABA(血圧上昇抑制効果があるアミノ酸)の含有量を増やすため、GABAの生成に関わる遺伝子に突然変異を起こすことで、GABAの含有量を高めたトマト(元品種の約4~5倍)が作られました。

写真 写真提供:サナテックシード(株)

【可食部増量マダイ】
 骨格筋の肥大を抑制するミオスタチン(タンパク質)に着目し、ミオスタチン遺伝子に突然変異を起こすことで、可食部が約2割増加し、飼料利用効率が約2割改善されたマダイが作られました。

写真 写真提供:リージョナルフィッシュ(株)
上:ゲノム編集したマダイ
下:通常のマダイ

【高成長トラフグ】
 食欲を抑制するレプチン(ホルモン)の受容体に着目し、レプチン受容体遺伝子に突然変異を起こすことで、飼料利用効率が約4割改善され、成長速度が1.9倍になったトラフグが作られました。

写真 写真提供:リージョナルフィッシュ(株)
上:ゲノム編集したトラフグ
下:通常のトラフグ

7 ゲノム編集技術を用いた品種改良の研究・開発

 ゲノム編集技術による品種改良の研究事例を紹介します。

【天然毒素低減ジャガイモ】
 ジャガイモの芽や皮の緑色になった部分には、ソラニンやチャコニンなどの毒素が作られ、食中毒の原因にもなります。そこで、毒素生成に関わる遺伝子に突然変異を起こして、毒素が作られにくい品種の研究・開発が進められています。

写真 写真提供:農研機構

【穂発芽耐性コムギ】
 梅雨のある日本では、収穫期に降雨が重なると、成熟した穂(種子)から発芽し、コムギの品質が低下します。そのため、穂発芽しない(休眠を続ける)性質が求められています。そこで、種子の休眠に関わる遺伝子に突然変異を起こして、穂発芽しにくい品種の研究・開発が進められています。

写真 写真提供:岡山大学

【無花粉スギ】
 スギ花粉症の解決には、花粉の飛散を少なくすることが必要です。自然界で見つかった無花粉スギと成長等に優れた他の品種との交配による従来の手法では、全国各地の植栽環境に適応する品種を開発し、供給するには時間がかかります。そこで、花粉を作る遺伝子に突然変異を起こして、多様な無花粉スギの開発に向けた研究が進められています。

写真 写真提供:森林総研 森林バイオ研究センター


ゲノム編集~新しい育種技術~

平成30年2月 初版
平成30年8月 第2版
平成31年1月 第3版
令和元年8月 第4版
令和3年6月 第5版
令和4年11月 第6版

<制作・発行>
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)
企画戦略本部 新技術対策課
電話 029-838-7138

<監修>
農林水産省 農林水産技術会議事務局
研究企画課 イノベーション戦略室
電話 03-3502-7408

<編集>
株式会社DRAGON AGENCY
電話 052-569-5230
〒450-0002
愛知県名古屋市中村区名駅 5-23-17 名駅フォレストビル 3 階

本資料は、平成29年度農林水産先端技術の社会実装の加速化のためのアウトリーチ活動強化委託事業により農研機構が制作・発行したものを、随時、改訂・増版等しています。