2024年農林水産技術こども新聞
農作業をする人の負担を軽くするなどのために、ロボットやAI(人工知能)、IoT(さまざまなものをインターネットにつなぐ技術)を活用する農業のことを「スマート農業」といいます。スマート農業技術の研究、開発が進む四つの事例を研究者が紹介します。
除草がとても楽になる! たて横そろう田植機
田植機で苗を植えるときの「植え方」に注目し、農作業を楽にする新しい田植機が開発されました。苗の植え方が変わると、農作業がどう変わるのでしょうか。
農研機構の重松 健太(しげまつ けんた)さんのお話
たて横そろうと除草がしやすく
稲を育てる広い田んぼでは、「田植機」を使って苗を植えています。田植機は、機械によって2~10条(植える苗の列数のこと)を植えながら田んぼの中を往復します。植えた苗は「たて方向にはそろうが、横方向にそろわない」のが普通でした。
私たちが開発した田植機は、衛星から信号を受信するGNSSアンテナなどを活用することで、植える位置を正確に決められるので、「たて横そろう」田植えができます。苗がたてと横に間隔がそろうことを「正条」というので、田んぼ全体で苗がそろうこの機械を「両正条田植機」と名付けました。
田んぼで実証実験をしている両正条田植機、苗がたて横そろっているので機械で除草できる範囲が広がる
苗がたて横そろうと、これまでは苗をいためないようにたて方向にしか使えなかった除草機械を、たてにも横にも使えるようになり、除草がしやすくなります。
両正条田植機で有機農業が広がる
稲と雑草はいっせいに伸びます。雑草を取り除き、稲を元気に育てたいのですが、除草剤を使わない「有機農業」において、暑い夏の除草は大変な作業です。
両正条田植機のおかげで除草がしやすくなると、農作業は楽になり、もっと有機農業が広がるでしょう。みなさんの生活の中で、今より手軽に有機栽培の米が手に入るようになることが期待できます。
フレームを改良し開発は順調
両正条田植機の開発では、アンテナの振動が問題となりました。田植機がゆれると、アンテナがグラグラしてしまい、位置情報に影響が出るのです。そこでアンテナのフレームを改良しました。苦労もありましたが、開発は順調に進み、今は田植機メーカーと実用化に向けた話し合いをしています。
次は機械除草作業の自動化に取り組みたいです。除草の作業が自動化できたら、農家の人はとても楽になると思います。
両正条田植機
重松さんプチ情報
祖父母が農業をやる姿を見て大変さを知り、農作業を楽にしたいと思って研究者になった重松さん。自分が開発した機械を使った人が喜ぶ姿を見ると、やりがいを感じるそうです。
「農業機械の開発で農作業が今より楽になれば、高齢化や人手不足の問題解決につながると思います。これからもおいしい農産物をみなさんが食べられるように、研究を続けます。」
生産者思いの"楽・甘"リンゴ「紅つるぎ」
リンゴ栽培の仕事は作業がたくさんあって、とても大変。その作業を楽にするためにリンゴの新品種「紅つるぎ」が開発されました。
農研機構の清水 拓(しみず たく)さんのお話
枝が広がらない「紅つるぎ」の木
2024年発表された新しいリンゴの品種「紅つるぎ」の特徴は、木の枝が横に広がらないこと。このような木の形を「カラムナー性」といいます。
紅つるぎは木の間隔をせまく植えることができるので、一般的なリンゴの木と比べて同じ面積あたりの収穫量が増える
リンゴの栽培は、実をつけるための「受粉」、品質をよくするために花や小さな実をつみとる「摘花・摘果」、実をとる「収穫」、木の形を整える「せん定」など、1年を通してたくさんの作業があります。一般的なリンゴの木のように枝が広がっていると、枝の間にもぐったり、何度もはしごを上ったり下りたりして作業しなければならず、重労働です。
紅つるぎは枝が広がらず、一列に植えるとかべのようになり、まっすぐな通路を作ることができます。このため移動や作業がしやすく、将来的に収穫ロボットの導入に向いていると考えられています。
長い年月をかけて甘いリンゴに改良
紅つるぎの研究は1985年から始まりました。カラムナー性のリンゴの木はめずらしく、世界中の研究者が注目しましたが、味がよくない、日持ちしないなどの欠点がありました。
品質をよくするために、おいしい品種に受粉する「交雑」をおこない、その実からたねを取って木を育て、よい実のなった木を選んでさらに交雑しました。このように長い年月をかけて、甘くてみずみずしいリンゴへと改良することができました。
よい実のなる木を選ぶために、リンゴの味の調査をする研究者
改良はまだまだ続く
紅つるぎには、改良できることがまだたくさん残っています。一つは栽培方法について。木の間をどれくらい離して、どんな方法で育てれば、おいしいリンゴが効率よく育てられるかといった、育て方を確立する必要があります。そして二つ目は紅つるぎをさらに改良してより新しい品種のリンゴをつくることです。これからも改良は続きます。
清水さんの一言
みなさんが食べている作物が、おいしさのほかにも、栽培のしやすさなどの理由で農家の人に選ばれ、生産されていることを知ってもらえたらと思います。
荷物を運んでくれる!小型ロボット「メカロン」
人の後ろについてきてくれて、重い荷物を運んでくれる小型ロボット「メカロン」。使いやすさや農作業に役立つ機能にも注目です。
農研機構の塚本 隆行(つかもと たかゆき)さんのお話
人のそばにいて助けるロボットを
今、多くの農業現場では人手が足りなくて困っています。そこで、人のそばにいて、重いものを運んで人を助けるロボットを作ろうと考えました。
すでに工場などではものを運ぶロボットが活躍していたので、工業用ロボットの会社に協力をお願いに行きました。平らな工場内ではなく、外の農園を走る、これまでにないロボットでしたので、必要な機能や、農家の人がどんなに助かるかを話し、開発に協力してもらいました。理解してもらえたときはうれしかったです。
果樹園などで活やく運搬補助ロボット
農園は、雑草やぬかるみ、でこぼこ、坂道があり、これまでのロボットには通るのが難しい場所でした。そこを通れるように開発しました。
私たちは、開発したロボットにメカロンと名付けました。メカロンは人の後ろをついてくることができる小型ロボットです。収穫した果実や野菜、農作業用の道具など、重いものを運ぶのに役立ちます。
しかも一度走った道を覚えて、自動でたどれます。たとえば「リンゴの木」と「リンゴ置き場」の往復の道を覚えさせることで、収穫したリンゴを楽に運べて、これまで何往復もしていた農家の人の負担が軽くなるのです。
世の中のあちこちでメカロンを
メカロンはすでに販売され、使われています。使った人からは「作業が楽になった」「肩や腰が痛くなりにくくなった」という声を聞けました。また「ついてきてくれるので愛着がわいた」と言ってくれた人もいます。
今後はメカロンに取り付ける付属品の開発をしていきたいです。もっと大きなものが運べるカゴをつける、豚舎などのそうじに使うモップをつけるなど、アイデアはたくさんあります。
農業用に開発しましたが、簡単に操作できるので、だれでも使えます。世の中のあちこちで、メカロンを使ってもらえたらと思います。
塚本さんの一言
「こんなことができたらいいな」と思うのがスタート。次にどうしたらできるか、たくさん考え、手を出して挑戦し始めれば、ものごとは変わっていきます。
畑の生育確認にドローンが活躍!
自動飛行や遠隔操作によって空を自在に飛び回ることができる「ドローン」を農業に役立てる研究が進められています。
農研機構の杉浦 綾(すぎうら りょう)さんのお話
手作りドローンで研究が始まる
約20年前に農家の人から「広い畑をきめ細かく管理したい」と聞き、上空から畑を撮影することを思いつきました。約10年前にドローンが登場し、畑の撮影に活用できると期待しましたが、高価で買えませんでした。そこで部品をそろえて自分で作ったところからこの研究が始まりました。
畑の上空を飛ぶドローン。杉浦さんが作った機体だ
撮影した画像で作物の様子を見る
人が畑に行って作物を観察するときは、目線の高さで畑の一部分を見ます。目で見える範囲の作物が元気でも、畑の反対側は育ちが悪いこともあります。ドローンで100メートル上空から撮影すると、一万平方メートル(1ヘクタール)の面積の作物の様子を一度に見ることができます。
撮影した画像を立体画像に復元すると、作物の背丈や、葉の量がわかり、生育ぐあいを確認できます。
ドローン画像から復元した大豆畑の立体画像。作物の高さを測り、よく育っているかを判断する
また、作物の葉が生き生きとした緑か、みずみずしさが足りない薄い緑かを画像の色でも判断することができます。人間の目には見ることができない「近赤外線」の画像も撮影でき、よりはっきりとその作物が元気かを知ることができます。
撮影した画像をAI(人工知能)に学ばせ、作物が病気になっている場所を発見できるようにもなりました。
画像解析を発展させ農業に役立てたい
ドローン以外に衛星からも畑を撮影できます。衛星画像はあまり細かいところまで見えませんが、100平方キロメートルくらいまでを撮影できるので、地域レベルの範囲を一度に見るときには向いています。
一方、小さな害虫や作物の病害はスマートフォンのカメラで撮影するほうが見つけやすいです。
いろいろな観測方法を上手に組み合わせ、画像を解析する研究を発展させて、これからの農業に役立てていきたいです。
杉浦さんプチ情報
農家の人との会話からアイデアをもらうことが多いという杉浦さん。「立体画像ができるなら、大雨のときに土砂が流出したところもわかるのでは」と言われたことがきっかけとなり、ドローンで撮影した画像から畑の土地の傾き、でこぼこなどを測って災害の被害程度を把握できるシステムも開発しています。
「ドローンのように新しい技術や道具がこれからもきっと登場します。どうやって活用するか、どんなおもしろいことができるか、考えてみてください。」
農研機構
農研機構は農業、食品分野の国内最大の研究機関です。茨城県つくば市に本部があり、全国に拠点があります。
写真は農研機構提供
お問合せ先
農林水産技術会議事務局研究企画課
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