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農林水産技術会議

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2023年農林水産技術こども新聞

生き物のチカラで農業を救う みどりの食料システム戦略の実践

Vol.1 ダニVSダニ 天敵が主役のハダニ退治

果物や野菜、お花などに害を与えるハダニから化学農薬を使わずに農作物を守る方法が見つかりました。それは、ハダニの天敵であるカブリダニを利用すること。農林水産省の「みどりの食料システム戦略」を進める画期的な方法です。どんな方法なのか、農研機構の外山晶敏さんにお話をききました。
農研機構 植物防疫研究部門 果樹茶病害虫防除研究領域 検疫対策技術グループ
外山 晶敏(とやま まさとし)さん

写真:外山 晶敏さん

殺虫剤が効かない!?ハダニ退治は大変!

ハダニは、植物の葉っぱの汁を吸って枯らします。そのせいで、果物や野菜などの収穫量が減ってしまったり、見た目が悪くなったりしてしまうのです。それならば、殺虫剤でやっつけてしまえばいいと思いますよね? ところが、そう簡単ではないと、外山さんは教えてくれました。

「ハダニは、殺虫剤に慣れる力がとても強い生き物です。そのせいで、新しい殺虫剤ができても、すぐに効果が出なくなってしまいます。開発にたくさんのお金がかかるだけでなく、殺虫剤を使う回数が多くなってしまうことが大きな問題になっていました」

環境整備から始める天敵利用

そこで外山さんたちは、カブリダニにハダニを退治してもらう方法を研究してきました。昔から、カブリダニはハダニを食べることが知られていました。つまり、ハダニにとっては天敵です。そんな天敵を利用して、果樹を守る方法が「w天防除体系」です。

写真ハダニを捕食するミヤコカブリダ二(写真は農研機構提供)

「まずは、カブリダニをはじめ、ハダニが天敵とする土着天敵が生きやすい環境を整えます。さらに、それだけで力不足なら、天敵製剤の力を借りてカブリダニの数を増やします。その土地の自然にいる天敵と、人工的に追加されたカブリダニの"ダブル"効果の仕組みがうまく働けば、ハダニ対策に年3~5回まいていた殺虫剤を、1回まで減らすことができます」

図:土着天敵、天敵製剤

自然の力を最大限に利用した「w天防除体系」は、果物を安定的に収穫するだけでなく、環境を守るためにも役立つ技術です。

「たくさんの農家さんに、この技術を使ってもらうために研究を続けています」と言う外山さん。「子どもの頃から生き物に興味がありました。好きなことを仕事にできることは幸せですよ」と目を輝かせて語ってくれました。

写真カブリダニがハダニをとらえる姿を顕微鏡で研究


Vol.2 コウモリの超音波 ヤガ類撃退に活用

キャベツやネギなどの葉っぱを食べるヤガ類の幼虫は、農作物にとっての天敵です。そんなヤガ類を超音波で追い払い、農作物に卵を産ませない方法を開発した、農研機構の中野亮さんに話を聞きました。
農研機構 植物防疫研究部門 基盤防除技術研究領域 海外飛来性害虫・先端防除技術グループ
中野 亮(なかの りょう)さん

写真:中野 亮さん(写真は農研機構提供)

コウモリの超音波がガの動きを止める

「ガの交尾行動を観察していると、ヤガ類の一部のオスが出す超音波が、他のガの動きを止めることに気がついたんです。その超音波のパルスは、コウモリが出す超音波と特徴がよく似ていました」

中野さんたちは、この発見を応用して、超音波を使ってヤガ類を農作物に寄せ付けない技術を考案しました。

図:ヤガ類が苦手な超音波を発信

「ヤガ類をよく食べる2種類のコウモリが出す超音波を35種類に分けて、どれが効果的なのか実験を繰り返したんです」と、中野さんは研究で力を入れたことを教えてくれました。

ヤガ類が嫌う超音波を発生させるスピーカーにも工夫があります。これまでのスピーカーは超音波がまっすぐにしか飛ばないため、農地の全部を守ろうとすると、たくさんの機材が必要でした。そこで、中野さんたちはある企業と手を組みます。

「小さな電気機械システムをつくるメーカーのメムス・コア社が開発した超音波発信装置は、水平方向360度の広い範囲に超音波を発信できます。音波が届く距離も半径25メートルと長距離で、50メートル四方の農地なら最少4台のスピーカーでカバーできるようになりました」

写真えんどう豆の栽培施設に設置した超音波スピーカー。超音波を周囲に広く照射して、ヤガ類が産卵のために農作物に飛来することを防ぐ。(写真は農研機構提供)

殺虫剤に依存しない農業体系へ

新しい超音波発信装置は効果てきめんでした。葉ネギの農地で実験したところ、食害は94%も減少し、殺虫剤をまく回数はおよそ10分の1にできました。

「害虫退治だけでなく、殺虫剤による生態系への影響を軽減でき、まくための人手も減らせます。地球にやさしい農業を実現するために役立つ技術なのです」
観察と実験により、超音波発信装置を生み出した中野さんは「今後この技術を使える農作物を増やしたい」と語ります。

読者に向けて「この研究はガの観察から成果に結びつきました。研究で観察する際は、普段と違うことを見逃さないことが大切」とアドバイスをくれました。

Vol.3 カキ受粉とコマルハナバチ 農家を支える野生昆虫

ハチやチョウなどの昆虫が、植物の花にあるおしべの花粉をめしべに運ぶことを知っている人は多いでしょう。果実のカキが受粉するときに活躍している意外な昆虫を、農研機構の加茂綱嗣さんたちが発見しました。
農研機構本部 企画戦略本部 セグメント4理事室 室長
加茂 綱嗣(かも つなし)さん

写真:加茂 綱嗣さん

不明だった送粉昆虫の正体が明らかに

カキが果実をつくるためには、花粉がめしべに付く必要があります。その花粉を運ぶ昆虫を「送粉昆虫」と言います。

「農業における送粉昆虫の研究はさかんではなく、どんな昆虫がどんな働きをしているのか、よく分かっていませんでした」
そこで加茂さんたちは、花粉を運ぶ昆虫を調査しました。その結果、カキの花粉を運ぶのに、あるハチの仲間が貢献していることが分かったのです。

「調査ではエリアを区切って、めしべのあるめ花に訪れた昆虫を数えました。調査の結果、それまでカキの主な送粉昆虫であると考えられていた、セイヨウミツバチだけでなく、コマルハナバチも同じ役割を果たしていたことを発見しました」

図:コマルハナバチってどんなハチ?

生態系の保全や人手不足の解消も?

加茂さんたちは、セイヨウミツバチとコマルハナバチが、どれくらいの量の花粉を運んでいるのかを調査しました。
「セイヨウミツバチとコマルハナバチが、1回で運ぶ花粉の数は10~30粒とほぼ同じくらい。花粉の運ぱん効率は変わりませんでした」

農家さんはカキを受粉させるために、セイヨウミツバチの巣箱を取り寄せることもあります。しかし、野生のコマルハナバチが十分にいれば、必要ありません。
「自然環境に生息するコマルハナバチが、カキの送粉昆虫として十分役立つことが分かりました。これは、今ある生態系を守ることにつながります」
また作物によっては人の手で、花粉をおしべからめしべに運ぶ人工授粉がされていますが、野生昆虫も予想以上に働いていました。人手不足に悩む農家さんにとっても、良い知らせです。

写真カキのめ花にとまり、花粉を届けるコマルハナバチ。野生昆虫のコマルハナバチが、カキの主要な訪花昆虫であることが分かった。(写真は農研機構提供)

「農業に興味があるなら、小学生の頃からたくさんの自然に触れ合っておくといいですよ」と読者に語った加茂さん。この研究が新たな送粉昆虫の発見につながり、自然に寄り添った農業の大きな発展が期待されます。

Vol.4 ミズアブが悪臭を抑制 有機廃棄物の処理問題解決へ

どちらかと言えば嫌われる虫だったアメリカミズアブ。実は食品廃棄物の臭いを減らし、温暖化ガスの削減や、たんぱく質危機の回避に貢献することが分かってきました。ミズアブの研究について農研機構の小林徹也さんにお話を聞きました。
農研機構 生物機能利用研究部門 昆虫利用技術研究領域 昆虫デザイン技術グループ
小林 徹也(こばやし てつや)さん

写真:小林 徹也さん

廃棄物処理プラント建設に貢献

「あれ? 臭わない」 。アメリカミズアブ(以下ミズアブ)を飼育していた一人の研究員が、ある日、飼育箱が臭くないことに気づきます。幼虫に与えた腐った食品廃棄物の悪臭にいつも悩まされていたのです。

写真ミズアブを成虫まで育てる施設。幼虫は約2週間で成虫となる。成虫となってからはエサを食べない

その後、「ミズアブの幼虫が出す排泄物に含まれる腸内細菌が悪臭の原因物質を分解する」という仮説を立てて、研究員による実験がはじまりました。1つの容器は、食品廃棄物の中でミズアブの幼虫を飼育し、もう1つは食品廃棄物のみを放置します。7日後、ミズアブを飼育した容器は、悪臭が検出限界値以下に減りました。

「ミズアブの幼虫が出す排泄物で、容器内に乳酸菌などが増えます。これらの菌が腐敗菌の増加をおさえていると考えられます。ミズアブは害虫ではなく、益虫なのです」と小林さんは語ります。
この研究は、臭気発生が障壁になっていた、ミズアブを利用した廃棄物処理プラント建設の課題解決に貢献します。

図:ミズアブの幼虫が出した排泄物に含まれる乳酸菌などが、食品廃棄物の臭気を抑える。

良質なたんぱく源として幼虫を活用

さらにミズアブの幼虫は、脱脂して粉にすると、たんぱく源として家畜の飼料や養殖魚のエサになります。研究員の小林さんは、これからの展望を次のように話します。
「ミズアブが食品廃棄物を分解することで、食品のリサイクルが進み、環境への負荷をおさえられます。蚕やミツバチを飼育する産業に次ぐ、新たな昆虫利用産業になる可能性があり、世界中がこの研究開発にしのぎを削っています」

写真幼虫を脱脂し粉にするとたんぱく源となり、養殖魚などのエサとして利用可能となる(写真は農研機構提供)

小林さんは、子どものころから虫が大好きでした。その好奇心が新しい産業につながるきっかけになったのです。
「研究はつねに挑戦と失敗の連続で、失敗が続くとさすがに気分が落ち込みます。しかし、取り組んでいることに価値があると信じて、続ける気持ちが大切です」と教えてくれました。


お問合せ先

農林水産技術会議事務局研究企画課

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