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農林水産技術会議

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2021年農林水産技術こども新聞

災害を防ぐ日本の農業技術

農業というと、お米や野菜など、私たちの「食」を支えているイメージがありますが、実は防災にも役立っているって知っていますか?
茨城県つくば市にある農研機構農村工学研究部門では、災害に負けないさまざまな農業技術を研究しています。どのような研究をしているのか、災害対策調整室長の松岡直之さんに聞きました。

スゴイぞ!災害を防ぐ日本の農業技術

農業は「食」を支えるだけではない!

田んぼや畑はお米や野菜をつくる以外にもいろいろな働きがありますが、豪雨のときには一時的に雨水をためて、自然のダムとなって洪水を防ぐことに役立っています。
雨水はゆっくりと地下にしみこみ、地下水になったり、川へわき出したりして、川の流れを安定させる働きもあります。
松岡さんは「私たちの先祖が代々、田んぼや畑を作り上げてきたずっと昔から、農業や農村はそのような働きを続けてきているのです」といいます。
しかし、近年、地球温暖化による影響とみられる集中豪雨などの被害が年々大きくなっています。
地域を守り、将来にわたって持続的に農業を続けていくためにも、被害を少しでもおさえることが求められています。その研究が大切になっています。

写真:農研機構の松岡直之さん
農研機構の松岡直之さん

写真:決壊した後の農業用ため池の様子
2017年7月の九州北部豪雨で決壊した農業用ため池
写真は農研機構提供

写真:台風の影響で冠水した街の様子
2019年10月の台風19号では、各地で川があふれる被害がありました

写真:(左)空から見た農業用のため池がある風景、(右上)ため池の水位を観測するために設置された機器、(右下)「田んぼダム」が一面に広がる風景
(左)農業用のため池 (右上)ため池の水位を観測 (右下)人工的に水をためた「田んぼダム」
写真は農研機構提供

「田んぼ」や「ため池」で水害から地域を守る!?

たとえば、大雨のときに田んぼが水をためる働きを活用した「田んぼダム」という取り組みがあります。農研機構では、イネの育ちに影響がない程度に手軽に雨水をためることができる器具を開発したり、農業用のため池があふれそうなときは早めに予測する「ため池防災支援システム」を開発したりするなど、最先端の技術を使ってさまざまな研究をしています。
農家の人にとって、田んぼの水の管理は手間のかかる作業です。負担を減らそうと、スマートフォンなどを使って遠隔操作できる「自動水管理システム」を開発しましたが、さらに災害時に活用できるよう研究を進めています。

ひとたび大きな災害が起きると、被害は農地や農業用施設にもおよびます。
農研機構は農業技術の研究だけでなく、災害時には施設の復旧のために技術的なアドバイスをしたり、現地に専門家を派遣したりしています。災害対策調整室はこのようなときに、被災地の市町村や国などと連絡や調整をする役割をになっています。
農家の人が農地の手入れをこまめにしてくれるからこそ、美しい農村の風景や、魚や虫、鳥といったさまざまな生き物たちのすみかが守られています。松岡さんは「田んぼやため池、水路は農業にとって必要な施設ですが、災害を防いでいることに一役買っていることもぜひ知ってほしいです」と話しています。

農研機構

農研機構は、農業・畜産・食品分野の国内最大の研究機関です。茨城県つくば市に本部があり、全国に拠点があります。
農業をさかんにし、食生活を豊かなものにしようと、さまざまな研究を手がけています。近年はAI、ICTなどを活用したスマート農業や、気候変動に適応する研究にも力を入れています。

写真:農研機構の建物つくば市にある農研機構(国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)
写真は農研機構提供

田んぼやため池が防災に一役

農業や農村にはお米や野菜をつくるだけではない、いろいろな働きがあります。そのひとつが災害を防ぐチカラです。最近増えている集中豪雨や地震への対策として注目される「田んぼダム」や「ため池防災支援システム」のしくみを紹介します。

田んぼダムのしくみ

田んぼはあぜに囲まれ、水をためるチカラを持っています。田んぼダムは、この働きを活用して、大雨のときに、雨水を田んぼに一時的にためる取り組みです。
田んぼの排水口に、水路に流れ出る水の量をおさえる調整器具を取りつけて、雨水をため、あとはゆっくりと水を流すだけ。下流の川の水かさが急に増えないようにして、洪水になるのを防ごうというしくみです。米どころで知られる新潟県で始まり、研究を通じてさまざまな方法や器具が開発され、取り組まれています。

田んぼのダムのしくみの概要図

農研機構などでつくる研究グループでは、イネの育ちにどのような影響があるのかをくわしく調査。イネの収穫に影響がない範囲で手軽に雨水をためることができる「ダムキーパー」と名づけた器具を開発しました。農研機構農村工学研究部門の流域管理グループ主任研究員の皆川裕樹さんは「実際に田んぼに取りつけて実験をしたところ、雨のピークのときに田んぼから流れ出る水の量が約4割少なくなりました」といいます。

写真:農研機構の皆川裕樹さん「田んぼダムは広い範囲で取り組むほど効果は大きくなります。災害に備えた安心・安全な国づくりにつながってほしいです」

田んぼの豆知識

大雨のとき、田んぼに余分にためられる水の量は全国で約50億立方メートルになるともいわれているよ。これは東京ドームの約4千杯にあたる量なんだって!

東京ドームの約4千杯を示す図と、「すごい!そんなに!?」と驚く人のイラスト

ため池防災支援システムのしくみ

ため池は、田んぼなどの農業用水をためるために人工的につくられた池のこと。雨が少なく、大きな川がない地域では、水を確保するのが大変です。そのため、昔の人は土をかためて小さな川をせき止め、ためた水を田んぼまで取り出せるように工夫しました。全国におよそ16万か所あり、そのうちの約7割が江戸時代までにつくられたといわれます。

ため池防災支援システムのしくみの概要図:集まった情報を集約して地震や豪雨のときに被害を予測

しかし、近年、集中豪雨や大きな地震で、かためた土の部分がこわれ、たまっていた水が一気に流れる「決壊」が起こり、下流に住んでいる人が亡くなる災害が起きています。「ため池防災支援システム」は、ため池の決壊による人的な被害を防ごうと農研機構が開発した災害情報システムです。
システムを開発した農研機構農村工学研究部門の施設整備グループ長の堀俊和さんによると、全国のため池の情報が登録され、地震発生から30分以内、豪雨の15時間前までにため池の決壊をコンピューターで予測し、市町村や都道府県にリアルタイムで知らせるしくみ。危険なため池の場所などがすぐわかり、いち早くため池の点検を行ったり、住民を避難させたりすることができるようになりました。2020年度から農林水産省で運用が始まり、全国で使われています。

写真:農研機構の堀俊和さん「ため池は危険ですので、絶対に近づいたり遊んだりしないようにしましょう!」

ため池の豆知識

水をせき止める土の部分を「堤体」というよ。ちなみに日本最古のため池といわれているのが、大阪府にある狭山池。西暦616年ごろにつくられ、国の史跡になっているんだ!

提体の図:土をかためて、水をためるよ!

田んぼダム×スマート農業

「田んぼダム」にスマート農業の「自動水管理システム」を組み合わせて、「スマート田んぼダム」にしようという研究が今年度から始まっています。
スマート農業は、ロボット技術やITC(情報通信技術)を活用した新しい農業のこと。自動水管理システムはこうした最先端の技術を使って、高齢化や担い手不足が進む農家の人の負担を減らそうと農研機構が開発しました。
自動水管理システムは、田んぼに水を入れたり、ぬいたりする作業を遠隔操作できる装置や、水位計、通信基地局などの機器を設置。わざわざ田んぼ1枚1枚を見て回らなくても、スマートフォンのボタン一つで、すべての田んぼの「水」を管理することができるようになりました。

自動水管理システムのしくみの概要図

スマート田んぼダムは、このしくみを防災に活用。たとえば、豪雨がくる前に遠隔操作で田んぼの水を減らし、豪雨のときにより多く水をためる――。そんなことも可能になります。大雨のときでも安全に作業ができます。
農研機構農村工学研究部門の農地整備グループ上級研究員の若杉晃介さんは「豪雨のピークなど最も効果的なタイミングで水をためることができます」といいます。

写真:農研機構の若杉晃介さん「ITCの力で、ラクしてかしこくやるのが次世代の農業。防災にも活用しようという取り組みが広がっています」

クイズで農業を知ろう

【Q1】お米ができるまでの正しい順番は?
[1]代かき → 田おこし → 中干し →田植え → 稲刈り
[2]田おこし → 代かき → 田植え →中干し → 稲刈り
[3]代かき → 田おこし → 田植え →中干し → 稲刈り
【Q2】ため池の数が最も多い都道府県は次のうちどこ?
[1]北海道
[2]新潟県
[3]千葉県
[4]兵庫県
[5]香川県

※クイズの答えはページの最後を見てね。

動物に快適な環境を! アニマルウェルフェア

ブラシはお母さんの舌代わり!?

お母さん牛の舌に代わって、回転ブラシが子牛の体を毛づくろい――。そんな装置を農研機構が開発しました。家畜を感情を持つ生き物としてとらえ、快適な環境のなかでストレスを減らし、ヒトも動物も幸せな関係を結ぼうという「アニマルウェルフェア」の取り組みにもとづく研究です。ブラシで育った子牛は成長がよくなるなどの効果があるといいます。

写真:牛と矢用健一さん
飼われている牛になつかれる矢用健一さん=茨城県つくば市の農研機構

体重増加、げりも少なく

6月の下旬、茨城県つくば市の農研機構畜産研究部門を訪れると、たくさんの乳牛が牛舎にいました。動物行動管理グループ主席研究員の矢用健一さんが近づくと、1頭が甘えるように寄ってきました。
「ブラシで育った牛は人なつっこくなるようです」。矢用さんはそう言って、牛のあごをやさしくなでました。
乳牛の飼育では多くの場合、発育を良くするなどの理由で、子牛は生まれて間もないうちに、お母さん牛のもとから引き離されます。矢用さんによると、最近は肉牛でもそのような飼い方が増えているといいます。そのため、子牛にとっては、お母さん牛から体をなめてもらう機会はほとんどありません。

写真:子牛と回転ブラシ
ブラシに顔を押しつける子牛=農研機構提供

「サルやネズミなどほかのほ乳動物は、母親から早くに離すと、ストレスを感じやすくなったり、仲間とうまく生活できなくなったりします」と矢用さん。そこで、お母さん牛の舌ざわりのようなブラシを開発し、子牛がお母さんに体をなめてもらうことを再現しようと思いたちました。
ブラシはナイロン製で、長さ40㎝、直径14㎝の丸い筒のような形。子牛が体を押しつけると、スイッチが入って毎分30回転で動き、体を離すと止まるしくみ。
「おもちゃだと思われると、子牛はすぐに飽きます。ザラザラ感や回転のスピードなど、お母さん牛の舌ざわりに近づけるのに苦労しました」といいます。

牛舎に取りつけると、子牛は1日1回1分、1日に計20分ほどブラシを使うようになりました。実際に母牛が子牛をなめる平均的な時間も1日20分くらいだそうです。「ブラシが気持ちいいのか、どの牛もとろーんとした表情になります」
いくつかの牧場で試してもらったところ、ブラシを使っていない子牛に比べ、体重が増え、げりが少なくなるなど成長がよくなり、ほかの牛ともよく遊ぶようになったといいます。
「ストレスが減った」「毛づやがよくなった」。そんな農家さんからの声も寄せられています。

写真:ブラシの仕組みを説明する矢用さん
ブラシを押すと、スイッチが回るしくみになっています

「動物の幸せ」に注目

アニマルウェルフェアとは、動物の「アニマル」と、「よりよく生きる」「福祉」といった意味の「ウェルフェア」を合わせた言葉です。
1960年代、家畜をモノ、工業的に扱うことを批判した本が出版されて大きな関心を呼ぶなど、ヨーロッパでは広く知られた考え方です。
アニマルウェルフェアを支える「5つの自由」(下記参照)という大切な考え方があります。矢用さんのブラシは、このうちの動物が本来の行動をとれるようにする「通常の行動様式を発現する自由」にあたります。
矢用さんは「ストレスなく育った牛は健康になり、病気になりにくくなります。その結果、治療にかかるお金が減るだけでなく、安全・安心な畜産物の生産につながっていくと考えています。多くの人にアニマルウェルフェアについて知ってほしいです」と話します。

アニマルウェルフェアを支える『5つの自由』

[A]飢え、渇き及び栄養不良からの自由
[B]恐怖及び苦悩からの自由
[C]物理的、熱の不快さからの自由
[D]苦痛、傷害及び疾病からの自由
[E]通常の行動様式を発現する自由

写真:大きな器で食事をしている豚たちの様子
大きな器にえさをのせて争わないように
写真は畜産技術協会 AW実践パンフレットから

写真:鶏舎の中の鶏たちの様子
きれいな鶏舎で快適に
写真は畜産技術協会 AW実践パンフレットから

写真:ヒーターの下ですごす豚たちの様子
寒くないようにヒーターで暖かく
写真は畜産技術協会 AW実践パンフレットから

クイズの答え

Q1 [2] 
Q2 [4]の兵庫県。2万4400か所あります。2位は広島県(1万8938か所)、3位は香川県(1万4614か所)。(2021年1月時点)

お問合せ先

農林水産技術会議事務局研究企画課

担当者:中島、井戸原
代表:03-3502-8111(内線5847)
ダイヤルイン:03-3502-7407