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農林水産技術会議

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2021年農林水産技術ニュース

農業×SDGs 農業と生物多様性保全の両立を目指して 農業×SDGs 農業と生物多様性保全の両立を目指して

SDGs目標15:陸の豊ゆたかさも守ろう生物とともに育む豊かな農地

農業は自然の恵みを利用して、私たちの日々の食卓を豊かにする農産物を生み出しています。生物多様性を保全して、自然の恵みを持続的に利用することは農業の発展にもつながります。では農業と生物はどのような関係にあるのでしょうか。農研機構・生物多様性保全・利用グループでクモの研究をしている馬場友希さんに聞きました。

写真:馬場友希さんと水田の生き物

水田の生物調査でつかまえたクモを確認する馬場友希さん。
「田んぼにいろいろな生き物がいること自体がおもしろい。自然とのふれあいは生活を豊かにしてくれます」

写真は農研機構提供

クモの研究から農業に出あう

馬場さんは小学生のとき、身近な生き物なのに未解明のことが多いクモに興味を持ち、大学から本格的にクモの研究を始めました。その後、クモの生態や分類に詳しいということで農研機構の「農業に有用な生物」の研究プロジェクトに加わります。そこで農業におけるクモの重要性を知ったことがきっかけとなり、農業研究に携わることになりました。

馬場さんが所属する生物多様性保全・利用グループでは、農業が生物からどういう恩恵を受けているか、また農業が農地に生息する生物にどう影響を及ぼすかを研究しています。

写真:顕微鏡を覗き込む馬場さん

研究室で顕微鏡を使ってクモを観察する

生態系サービスを高める生物多様性

一定の地域に生息する生物と、その生活環境をまとめて生態系といいます。人間は生態系からさまざまな恩恵を受けています。この自然の恵みを専門用語で「生態系サービス」といい、生物から直接受ける食料や薬などの恵みもあれば、有害な生物や病気を天敵となる生物が抑制してくれる恵みなども含まれます。

生物多様性が保たれていれば、生態系サービスがより豊かになります。馬場さんはクモを例に説明してくれました。「全国の水田には沖縄から北海道までどの地域にもアシナガグモ類やコモリグモ類がいて、イネの害虫となる斑点米カメムシやツマグロヨコバイなどを食べてくれていることがわかっています。クモはイネの害虫の天敵として大事な役割を果たしているのです」

一方でクモは他の生き物のエサでもあります。「クモを食べるカエルやトンボなどが水田に集まることで、豊かな生態系が育まれています。生物多様性が保たれていれば、温暖化などによって新たな害虫が発生した場合にも、その害虫の天敵となる生き物が現れてくれる可能性が高まります」

生態系サービスを高めるために生物多様性が重要であることは水田だけでなく、農業全体についていえるとのこと。たとえば一部の野菜や果物の生産において、昆虫による受粉が必要です。ミツバチや野生昆虫が受粉のはたらきをすることで日本の農業にもたらす利益は、およそ4700億円に達するとの試算もあります。これから先も受粉ができるように環境を整えることが、結果として生態系サービスを高めるといえます。

「私は研究活動を通して、豊かな自然と生産の両立した農業を次の世代に残せるよう、貢献したいと考えています」と馬場さんは話しました。

水田の生物多様性に配慮した農法の各種生物群に対する保全効果の概要図

農業が大規模で効率のよい生産体系へと変わっていったことで、農地やその周辺の生物多様性が劣化している。しかし表のように、生物多様性に配慮した農法を行えば保全効果が高まることがわかっている。

水田の生物多様性に配慮した農法(1~8)の各種生物群に対する保全効果(片山ら2020)

農地の生物多様性保全のために

農地には今、どんな生物がいて、どのように農業と関わっているのでしょうか。農地の生物多様性を調査し、その結果から農業と生物多様性の保全を両立するための対策を行う研究が進められています。農研機構・生物多様性保全・利用グループの研究者たちによるさまざまなアプローチを紹介します。

花粉を運ぶ昆虫を調査する

農業においてミツバチは、はちみつの生産と花粉媒介(花粉を運び、受粉させるはたらき)の二つの役割を担っています。加茂綱嗣さんが研究しているのはリンゴやカキなどの果物やカボチャなどの野菜の花粉媒介です。

果物や野菜の花粉媒介の研究者:加茂綱嗣さんの写真

農研機構の加茂綱嗣さん

果物や野菜が実をつけるには受粉が不可欠です。農園やその周辺に生息し、受粉のはたらきをするミツバチには、野生のものと飼われているものがいます。ミツバチだけでなく、野生のハナバチやハナアブ、チョウ、ガ、甲虫などの昆虫も花粉を運びます。

ある農園ではどんな昆虫が花粉を運んでいるのか、受粉のために飼っているミツバチは期待どおりにはたらいているのか、といったことを加茂さんたちは調べています。

たとえば野生の昆虫が受粉に活躍している農園では、それを維持できるように環境を整えることが大切です。野生の昆虫だけでは受粉が不十分な現状がわかれば、原因を突き止めて、蜜資源となる下草の管理方法を改善したり、必要に応じてミツバチの巣箱を置くことを提案する場合もあります。

写真:カキ園の様子とミツバチ

カキ園で昆虫の観察を行う加茂さん。調査は長時間を要します(写真右)
カキの花を訪れるミツバチ(写真左)

写真は農研機構提供

加茂さんからのメッセージ

私は生物の多様性を保ちながら、農業に活用していくことを目指して研究を進めています。研究の成果は調査をした農園だけでなく、その地域の農業や同じような環境にある他の地域の農業でも活用できるようにしていきます。

水田の生物多様性を評価する

クモを研究する馬場友希さんは、鳥、虫、植物などいろいろな生物の研究者とともに、5年をかけて水田やその周辺の調査をしました。

クモの研究者:馬場友希さんの写真

農研機構の馬場友希さん

これまで水田の生態系は一部の天敵生物を除いて科学的な知見が不足していました。そこで、研究チームは全国1000以上のほ場(農地)を対象に(1)農薬を使用する水田、(2)使用量が少ない・使用しない水田を比較する野外調査を行い、データを解析したところ、(2)の水田、つまり環境に配慮した農法の水田では、絶滅のおそれのある植物の種数や害虫の天敵である昆虫などの個体数量が、(1)の水田より多いことが明らかになりました。このデータは環境に配慮した農法が多くの生物の保全に効果的であることを示しています。

この研究から、これまで基準があいまいだった「環境にやさしい農業」を評価できるマニュアルが作られました。これは水田の生き物の種類や数を調査し点数化して、スコアの高いほうからS、A、B、Cの4段階で評価するというものです。

指標生物の個体数から取り組み効果を評価する手順(関東の水田の例)

評価手順の概要図

このマニュアルは生物多様性を保全しながら農業を行う生産者の取り組みが客観的に評価できるほか、マニュアルの評価にもとづき環境保全への取り組みをアピールした「生きものマーク米」の事例のように、農作物をブランド化して生物多様性に配慮した農作物生産の推進に役立てることも期待されます。

写真:尾呂志夢アグリ米とAランクのマーク

評価マニュアルを活用し、Aランクのマークがついた三重県の「尾呂志夢アグリ米」

画像提供:尾呂志「夢」アグリ

外来種を増やさない

外来種による農林水産業への影響が問題となっています。農業ではアライグマが畑を荒らす、林業ではマツノザイセンチュウがアカマツなどを枯らす、水産業ではアメリカナマズがエビ類を食べてしまうなどの被害が出ています。また、外来種のタンポポが日本列島に定着し、今では身近なタンポポの多くが在来種のタンポポとの雑種に置きかわっている事例のように、外来種が生態系のバランスを崩してしまっています。

外来種を研究する吉村泰幸さんが今調査を行っているのは、外来種のリードカナリーグラスと在来種のクサヨシです。

外来種の研究者:吉村泰幸さんの写真

農研機構の吉村泰幸さん

明治以降、外来種の牧草が導入され、飼料などとして利用されてきましたが、野生化しやすい特徴があるため、適切に管理しながらの利用が求められてきました。これまでの研究から外来牧草のリードカナリーグラスは野生化のリスクが高く、近縁の在来種であるクサヨシとの交雑が懸念されています。そこで吉村さんたちは両種の生育環境や分布域を把握し、わが国の生物多様性に悪影響が生じないようにリードカナリーグラスを利用する手法の開発に取り組んでいます。今後はクサヨシの分布域をふまえ、農家に適切な栽培ゾーンを提案することも考えているそうです。

写真:実験施設の様子

実験施設でクサヨシを調査している。(写真右)
クサヨシとの交雑が懸念される外来種のリードカナリーグラス(写真左)

写真は農研機構提供

また水田や川、水路などに繁殖して作業を困難にしたりイネの収穫量を減少させたりするナガエツルノゲイトウは、生態系に影響が大きい外来種として法律で「特定外来生物」に指定されています。新しい雑草で効果的な防除法も不明であることから、農家の方の協力も得ながら行政やメーカーと一緒になって、新たな防除法の開発を進めています。

写真:土中の調査の様子

土中のナガエツルノゲイトウの根を調べているところ

写真は農研機構提供

吉村さんからのメッセージ

輸入大国日本では、輸入品にまぎれて入る外来種をゼロにすることは難しいですが、農林水産業や生物多様性への被害を最小限にとどめるため、水際対策や侵入後の拡散防止方法などの研究に取り組んでいます。

DNAから生物多様性を知る

農地の生物多様性を調べるために、さまざまな手法が用いられています。農研機構では、できるだけ多くの人が効率的に調べることができるような新たな手法の開発にも取り組んでいます。

イラスト:DNA

「DNAバーコーディング」

店で商品についているバーコードをスキャンすると商品の情報がピッと出てきます。このようなしくみを生物の種を知るときに使うのがDNAバーコーディング。DNAの塩基配列を解読し、データベース化された多くの塩基配列情報とそれを比較することで、同じまたは近縁の生物種がわかるという技術です。

写真:DNA解析装置を使用している様子

ミツバチの巣箱にトラップを設置して、ミツバチが持ち帰った花粉を採取。その花粉をDNA解析装置で調べているところ。これによりミツバチが何の花を訪れていたかを知ることができる。

写真は農研機構提供

「環境DNA」

生物の排泄行動などを通して水中や土壌中に放出された生物由来のDNAを環境DNAといいます。これを分析することで、その環境下に生物がいるか、いないか、いる場合は量を推定することができるという技術です。

水田の水からどんな生物がどのくらいいるかを推定する流れの概要図

『水利用を介して拡散する水生外来生物の現状と対策』より

水田の水を採って研究機関に送って調べてもらうことで、その水田にどんな生物がどのくらいいるかを推定できる。

遺伝資源を未来へつなぐジーンバンク

茨城県つくば市にある遺伝資源研究センター(ジーンバンク)では農業に関係のある穀物や野菜などのタネ、家畜の細胞、微生物などといった遺伝資源を保存しています。19万点を超えるその数は、世界でもトップクラス。これらは一度失えば二度と手に入れることのできない、人類共通の財産なのです。

写真:根本博さん

農研機構の根本博さん

写真は農研機構提供

遺伝資源を収集し保存する

広大な農研機構の敷地の一角にジーンバンクがあります。3棟ある遺伝資源保存施設のひとつで農研機構・遺伝資源研究センターの根本博さんが迎えてくれました。

ジーンバンクでは国内外の遺伝資源を扱っています。国内では研究者が30年ほどかけて全国の農家でタネなどを分けてもらうなどして、在来種を中心に25万点余りを収集、今は野生種の探索に力を入れています。海外は、おもに食文化の近い東南アジアの国々に出かけて収集をしています。

こうして集めた遺伝資源は特性を調べてデータが作られ、穀物や野菜のタネは零下1度の配布庫と、零下18度の永年庫にそれぞれ保存されます。遺伝資源は研究や教育用に配布しますが、取り出す時は、機械が配布庫から目的のビンだけをピッキングして運んできます。根本さんによれば「品種にもよりますが、イネだと零下1度なら20~30年、零下18度なら100年以上保存できます。一定期間ごとに取り出し、発芽を確認しています」とのこと。

また、イモ類や果樹などは全国の研究所や都道府県の施設、大学などで栽培しながら保存しています。

写真:配布庫の内部と隣室の様子

建物内に設置された配布庫(中期保存)は室温零下1度、湿度30%に保たれ、19万点以上が保存されている。高さ9メートルの空間に設置された棚にはタネの入った約500ccのビンがびっしり並び、圧巻。隣室のコンピュータから取り出しを指示すると、あっという間にビンが隣室へと届けられた。

写真は農研機構提供

写真:永年庫の内部の様子とタネを保存する缶

別の建物には永年庫(長期保存)があり、室温零下18度、湿度30%の保存室には約200ccの缶に詰めた16万点のタネが保存されている

写真は農研機構提供

もっとも大事なのは多様性

このように大切に保存されている遺伝資源は、品種改良や復活栽培に活用されています。

復活栽培とは、昔はあったが今は作られていない品種を再び作ることです。たとえば江戸時代においしいと評判だった雑司ヶ谷ナスや寺島ナスは、ジーンバンクに保存されていたタネを活用し「江戸東京野菜」として近年復活しました。

ニュージーランドの原住民マオリ族は、かつて祭典に使われていたサツマイモ「クマラ」を探していました。これがジーンバンクに保存されているとわかり、1988年に母国へと返還されています。

このまま収集を続けると、保管場所があふれてしまうのではと問うと「数を増やせばよいというわけではないのです。大事なのは多様性です。遺伝情報を見て、同じようなものは選ばず、違いのあるものを保存し、多様性を拡大するのが私たちの仕事です」と根本さん。また、「今ある多様なものを残し、必要となったときに役立つものを未来の研究者に選んでもらえればいい。そのために保存していくのです」とも話しました。

遺伝資源を活用!
品種改良で新しい品種ができるまで

よりおいしいお米、病気に強いイネなどを作るための品種改良。特徴の異なる品種を交配して優れた特徴を持つものを選ぶことをくり返し、約10年かけて新しい品種が作られます。

品種改良の過程の概要図

根本さんからのメッセージ

ジーンバンクのホームページでは、データベースの検索ができます。興味のある品種をクリックすると詳細情報や収集場所も知ることができます。育ててみたい品種があれば、中高生でも取り寄せができますので、ぜひ実験や研究などに利用してください。

農研機構

農研機構は農業、畜産、食品分野の国内最大の研究機関です。茨城県つくば市に本部があり、全国に拠点があります。

みどりの食料システム戦略

農林水産省は、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現するため、「みどりの食料システム戦略~食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現~」を5月に策定しました。

PDF版

  1. 生物とともに育む豊かな農地(PDF : 2,330KB)
  2. 農地の生物多様性保全のために(PDF : 3,079KB)
  3. 遺伝資源を未来につなぐジーンバンク(PDF : 1,914KB)

お問合せ先

農林水産技術会議事務局研究企画課

担当者:中島、井戸原
代表:03-3502-8111(内線5847)
ダイヤルイン:03-3502-7407

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