2020年農林水産技術ニュース
暑さに強いコメをつくる!
地球温暖化が大きな問題となっています。温暖化によって、ブドウやリンゴの色づきが悪くなるなど、私たちが口にする農作物にもすでに影響があらわれています。日本人の主食であるコメは将来、どうなるのでしょう。その答えを探りに、福岡県筑後市にある農研機構の九州沖縄農業研究センターを訪れました。
9月中旬、センターの田んぼでは、腰より高く育った稲穂が青々とふくらんでいました。
「今年も暑い夏でしたが、順調に育っています」と、水田作研究領域の稲育種グループ長の竹内善信さんはいいます。
このイネは暑さに強い品種を作ろうと、センターが10年がかりで開発した「にこまる」です。
九州一帯では「ヒノヒカリ」というブランド米が広くつくられていますが、近年、温暖化の影響で、コメの粒が白く濁る「白未熟粒」などが問題になっています。
一般的に気温が上がると農作物の収量は上がりますが、限度を超えると、品質の低下が起こります。コメは登熟期(実りの時期)の平均気温が26~27度を上回ると、そのような影響が出るといわれます。
世界平均を上回るペースで温暖化が進む日本。このままいくと、最も品質が良い一等米は、九州地方では今世紀半ばで約30%、今世紀末では約40%も減少する――そんな予測も出ています。
そこで、ヒノヒカリに代わる、暑さに強く、味や品質もよいコメをつくろうと、にこまるが誕生。2008年に品種登録されました。
記録的猛暑でも一等米比率変わらず
記録的な猛暑となった2010年、ヒノヒカリの一等米の比率が平年の46%から16%に下がったのに対し、にこまるは59%と、ほぼ変わらない品質でした。
竹内さんは「高温がもたらす影響はほかにもあります」と話します。
イネの害虫「トビイロウンカ」です。東南アジア方面から飛来し、イネの茎から養分を奪い、田んぼのイネを枯らしてしまいます。「暑くなったここ最近は毎年のように飛来し、農家を悩ませています。被害地域は次第に広がっています」といいます。
そこで、竹内さんたちは、にこまるなどをベースにして、トビイロウンカや、いもち病などの病害虫にも強い品種を開発しようと取り組んでいるところです。
つやが良く、モチモチとした食感が人気のにこまる。今では関東や東海地方でも作付けが広がっています。
竹内さんたちは、日本の温暖化が今後も進むことを見越し、さらに暑さに強く、品質がよいコメをつくろうと研究を続けています。
温暖化防止へ
農山漁村ですすむ技術革新
気候変動への対応は私たちの食生活を支える農林水産業にとって大きな課題となっています。温暖化による農作物や魚への影響を回避・軽減する「適応策」をはじめ、地球温暖化をもたらす二酸化炭素など温室効果ガスの排出を抑える「緩和策」など、脱炭素化社会をめざし、さまざまな研究に取り組んでいます。
パリ協定の目標
産業革命前からの世界の平均気温の上昇を2度未満、できれば1.5度に抑える
パリ協定は2015年に世界190カ国以上が参加して合意された国際ルールです。地球温暖化を防ぐために、二酸化炭素など、原因となる温室効果ガスの排出をどれだけ減らすかの目標をつくって、対策することをすべての国に求めています。
めざせ脱炭素化社会
温室効果ガスの削減
牛のげっぷ
農林水産業は気候変動の影響を受けやすい一方で、温室効果ガスを排出している側面もあります。
「牛のげっぷ」もそのひとつです。反すう動物である牛のげっぷには、温室効果ガスのひとつであるメタンガスが含まれています。
茨城県つくば市にある農研機構畜産研究部門の精密栄養管理ユニット長、野中最子さんによると、1頭の牛が放出するげっぷは1日あたり300~600リットルに上ります。
全世界に牛は約15億頭います。それらの牛のげっぷを二酸化炭素に換算すると、世界全体の温室効果ガスの排出量の4%を占めるほどです。
メタンガスは牛の胃の中にいる微生物によってつくられています。げっぷを減らそうと、野中さんたちは、メタンガスをつくる微生物の働きを抑える添加物をえさに加えるなど、さまざまな方法を模索して研究に取り組んでいます。
げっぷの量は牛によって個体差があることから、げっぷの少ない牛を選別して、メタンガスの放出量が少ない牛を増やしていこう――。そんな研究も始まっています。
野中さんは「牛にとって負担が少なく、畜産農家の方に喜んでもらえるような技術や仕組みをつくっていきたい」と話しています。
水田からのメタンガス
メタンガスはコメをつくる水田からも出ています。
水田の土の中には、稲わらなどの有機物を分解してメタンガスをつくる微生物がすんでいます。この微生物は、田んぼに水を張り土の中に酸素が入りにくくなると、働きが活発になります。
こうした性質に着目し、水の管理やイネの栽培方法を工夫することによってメタンガスの発生量を減らそうという研究が進められています。
たとえば、「中干し」と呼ばれる水田の水を抜く作業があります。品質のよいコメづくりに欠かせない中干しは通常、田植えから約1か月後に行われていますが、水を抜くことで酸素が土の中に入りやすくなり、メタンガスをつくる微生物の働きが抑えられます。中干しを1週間程度長く行うと、メタンガスの発生量が平均3割減ったという成果も出ています。
再生可能エネルギーのフル活用
再生可能エネルギーとは、太陽光や風力、水力、地熱など自然の現象を利用したエネルギーのこと。発電時に地球温暖化につながる二酸化炭素が出ないのが特徴です。
農山漁村には、自然エネルギーをはじめ、バイオマス(動植物などから生まれた生物資源)など、再生可能エネルギーとして活用できる資源がたくさんあります。
温室効果ガスの排出を減らすため、石油や石炭、天然ガスといった化石燃料から、再生可能エネルギーに転換する取り組みを進めています。
気候変動に負けない農林水産業
炭素の隔離・貯留
気候変動への対応でキーワードのひとつになっているのが「炭素の隔離・貯留」という取り組みです。そこで注目されているのが、炭素をためる農地の力です。
森林の樹木が二酸化炭素の炭素を有機物として幹や根にためていることは知られていますが、「地球上にある炭素のうち、1兆5千億トンは土の中にあります。これは大気中に二酸化炭素として存在する炭素の2倍におよび、さらにすべての陸上の植物に含まれる炭素のおよそ3倍に相当します。土壌は海に次いで2番目に大きい炭素の貯蔵庫です」。
そう話すのは、茨城県つくば市にある農研機構農業環境変動研究センターの温暖化研究統括監の白戸康人さんです。
土に炭素がたまるのは、土の中にはたくさんの微生物がいて、有機物を分解して二酸化炭素を出していますが、一部は分解されにくい「腐植物質」に変わり、炭素として長期間、土の中にとどまるからです。
白戸さんは「土壌の中の炭素が増えれば、その分だけ、大気中の二酸化炭素を吸収しているといえます」といいます。
いま、地球温暖化を防ぐため、土の中の炭素を増やそうという活動が世界で広がっています。
全世界の土の中の炭素を毎年0.4%(4/1000)ずつ増やせれば、大気の二酸化炭素の増加量をゼロにできる――。2015年に始まった「4/1000(フォーパーミル)イニシアチブ」という国際的な取り組みでは、そんな計算をはじき出しています。
土の中の炭素は、家畜のふん尿などの「堆肥」や、植物を使った「緑肥」をすき込むなど農地をうまく管理することで増やすことができるといいます。
農研機構では、土の中の炭素が増えるのか減るのかを場所や管理に応じて計算できるウェブサイトなどをつくっています。白戸さんは「土づくりを通じて管理できる農地の土壌は、二酸化炭素の吸収源として大きな可能性を持っています」と話します。
スマート農林水産業の推進
人が乗らずに自動運転で作業する田植え機やコンバイン、遠隔操作で田んぼの水を管理するシステムなど、人工知能(AI)やロボット技術を活用した「スマート農林水産業」の取り組みが進んでいます。
農業機械や漁船の多くは、温暖化につながる化石燃料を使っています。最先端の技術できめ細かい、ムダのない作業ができることで、担い手不足といった課題だけでなく、省エネや温室効果ガスの排出削減にも対応できます。生産や流通のプロセス全体での「脱炭素化」をめざします。
ブルーカーボン
海の森が地球温暖化を防ぐ
「海のゆりかご」と呼ばれ、海の生き物たちのすみかとなっている藻場が、地球温暖化を防ぐうえでも欠かせない存在となっています。国連環境計画は2009年、「海には炭素をためる力がある」と報告書にまとめ、海に吸収された二酸化炭素を「ブルーカーボン」と名付けました。海の色のブルーと、炭素のカーボンを合わせた言葉です。
藻場の力で二酸化炭素を海底に貯留
「アマモなどの海草や、ワカメやコンブなどの海藻が、森の木と同じように、太陽の光を浴びて光合成をすることで、温暖化をもたらす二酸化炭素を吸収するのに大きな役割を果たしていることがわかってきました」
そう話すのは、神奈川県横浜市にある水産研究・教育機構で、海の生態系について研究している水産資源研究所の沿岸生態系グループ長、堀正和さんです。
堀さんは「炭素をためるうえで、藻場の役割は大きい」といいます。
海草や海藻が多く分布しているのは海の浅い場所です。地球の海全体の面積の1%に満たない海域です。
しかし、この1%に満たない海域に生えている海の植物が、海全体で取り込まれる二酸化炭素の約4割を吸収していることがわかりました。
「藻場がつくる立体構造が海の流れを緩やかにし、植物自身が枯れたものを含め、海中に浮かぶ有機物をどんどん海底に堆積させていっているのです」
たとえば、根を張って大きな群落をつくるアマモの藻場は、数千年以上も炭素を海底にため続ける力があるといいます。
森の樹木のように太い幹に成長するわけではないのに、海の植物の炭素をためる力が大きいのは、「海の森」ともいえる藻場のおかげなのです。
しかし、その藻場もどんどん姿を消しつつあります。
藻場やマングローブ、塩性湿地などブルーカーボンにかかわる海の生態系が、沿岸開発などで熱帯雨林より早いスピードで消失していっているためです。温暖化で海水温が上昇し、生態系を乱していることも背景にあります。
堀さんは「豊かな海の生態系を残すため、そして、大気の二酸化炭素を減らすためにも、緑の大地を守ることと同じように、青い海を守っていくことが大切です」といいます。
二酸化炭素の吸収源でもあり、巨大な貯蔵庫にもなっている海の植物たち。堀さんはブルーカーボンの働きについて、さらに詳しく研究を続けています。
研究者Q&A
- 研究者のやりがい
- 研究者をめざす中高生へのメッセージ
- 竹内善信さん
- 新品種の開発には10年以上が必要です。毎年、数千個体、数千系統の中から、優れたものを選抜しますが、新品種として世に出るのは年にひとつあるかないかという世界。この1品種を開発できたときは本当にうれしいです。
- 研究はテーマによっては成果がでるまでに長く時間がかかり、地味なものだと思われるかもしれません。しかし、その分、成し遂げたときの喜びは大きく、何ものにも代えがたいものがあります。
- 野中最子さん
- 大きな乳牛を相手に実験して、自分で考えたような結果が得られたときはうれしい気持ちになります。ですが思うような結果が出なかったときも、その理由を考え、チームで話し合うことで糸口をつかむこともあり、それもまたワクワクします。
- 子どものころから動物が好きでしたが、高校時代は数学や物理が苦手で、理系の学部でやっていけるのか不安に思いつつ、畜産学科に進みました。不安でも悩んでもまずはやってみる。「好き」という気持ちは意外と大きな原動力になるようです。
- 堀正和さん
- 気候変動対策の研究は、人の力ではすぐには解決できない現象が原因であることがあります。いつも難題の壁にぶつかっています。うまく壁を乗り越え、よりよい社会の構築や地球環境の保全に貢献できたときには大きな達成感があります。
- 「知りたい」という気持ちを大事にしてください。不思議だなと思ったことは、そのまま放っておかず、自分の知識に変える努力を惜しまないでほしい。それを続けていれば、まだだれも知らない新しい発見に出会えます。
PDF版
- 暑さに強いコメをつくる!(PDF : 774KB)
- めざせ脱炭素化社会(PDF : 2,387KB)
- 気候変動に負けない農林水産業(PDF : 2,387KB)
- 海の森が地球温暖化を防ぐ(PDF : 1,083KB)
お問合せ先
農林水産技術会議事務局研究企画課
担当者:中島、井戸原
代表:03-3502-8111(内線5847)
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