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農林水産技術会議

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国内のゲノム編集研究開発事例を紹介します!(九州大学農学研究院附属アクアバイオリソース創出センター唐津サテライト編)

世界の食料供給に貢献するために~ゲノム編集マサバ研究に挑む~

消費者の疑問に答えられるよう、続く研究

「すばらしい成果ですね。実用化はいつですか?」と松山教授に尋ねました。すると、「まだまだ。研究しなければならないことがたくさんあります」と即座に否定されました。

現在は、小型容器で飼育し、その行動を何十時間も動画で撮影し、動きを解析して、攻撃行動や異常行動の回数、時間などをゲノム編集していないマサバと比較する研究に取り組んでおり、ゲノム編集マサバが著しくおとなしくなったことが確認されています。また、酸素消費量も統計的に有意に低く、つまり、活動量が減ったこともわかっています。

写真 小型容器にマサバの稚魚を入れ、その行動を撮影する。動画はAIで解析し、共食い回数や異常行動の継続時間を比較する
A: マサバ稚魚の行動解析装置
B: 小型容器の中のマサバ稚魚
C: 通常のマサバ稚魚の1時間分(30秒×120行)の動画の解析結果。白い線の部分が共食いや攻撃行動を含む異常行動を示した箇所。人の目で動画を観察しなくても、AIが自動的に異常行動を検出する。ゲノム編集マサバでは、白い部分が少なくなる
出典:九州大学農学研究院アクアバイオリソース創出センター資料

しかし、養殖において重要なのはその結果、共食いが減り、マサバの稚魚の生き残る確率が上がるのかどうか、ということ。大型水槽で実際に飼育してみなければならず、まだ評価中の段階です。

養殖はそう簡単ではありません。性格がおとなしくなり活動量が減ることで、餌を食べる量が減り、成長スピードが遅くなる、というような養殖には不利な影響が出てくるかもしれません。そのようなこともしっかりと調べなければなりません。

そのうえで、ゲノム編集の時に、目的としていないほかの遺伝子を切ってしまう「オフターゲット変異」が起きていないかも調べる必要があります。また、1つの遺伝子を変異させたことで、なにか別の物質ができたりするような影響が出ていないか、食品安全上の変化はないか、緻密な検証が必要な段階です。

環境影響も考える必要があります。今のところの研究は水槽で行われ、水槽のある部屋も厳しく管理されており、ゲノム編集されたマサバが自然界に逃げ出すおそれはありません。
しかし将来、商用的な養殖を行う際には、海での飼育は網で囲ってあっても魚が逃げ出すおそれがあり陸上の水槽内での閉鎖系養殖となるかもしれません。そのようなことも考慮して、環境影響も検討しなければなりません。

写真 ゲノム編集マサバは、九州大学農学研究院附属アクアバイオリソース創出センター唐津サテライトの隔離水槽室の中で、厳重に管理され飼育されている

ゲノム編集マサバをさまざまな角度から検証し、問題がない、と判断できたら、それらのデータを整理し、国に届け出たり情報提供したりしてやっと、「食品安全上の問題がない」「養殖しても環境影響はない」という結論となり、実用化に至ります。
松山教授は、「まだ商用的な養殖を目指すつもりはなく、消費者のゲノム編集に対する疑問に答えられるように、詳細に検討評価していきたい」と話します。
研究は、文部科学省の科学研究費補助金や内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の予算も得て実施されています。国民の信頼に応える研究成果とすべきです。

写真 「さまざまな角度から詳細に検討して育種・養殖の基礎を作りたい」と話す松山教授

国産技術を組み合わせ、海外輸出を目指す

さらに、松山教授が強調するのは、ゲノム編集の国産技術の開発の重要性です。ゲノムのDNAの特定の場所を切るというゲノム編集技術は、2020年のノーベル化学賞を受賞したCRISPR/Cas9の技術のほか、このゲノム編集マサバの作製に用いられたTALENなどいくつかあるのですが、どれも海外で開発された技術です。
特許権を海外の研究者、企業等が保有しており、その技術を用いて新しい品種を開発すると、場合によっては高額な特許料を支払わなければいけません。

そのため今、日本国内では別のゲノム編集技術を開発しようという努力が、さまざまな研究者の手で進められています。もし、国産のゲノム編集技術を用いて魚を簡便に育種するシステムを開発し、日本の優れた養殖技術と組み合わせてユニット化できれば、諸外国に売り込めるようになるかもしれません。

現時点では夢のような話に聞こえるでしょう。でも、日本の養殖技術は世界的に見ても優れています。たとえば、ノルウェーは養殖先進国として知られていますが、タイセイヨウサケ1種で生産の9割以上を占めています。これに対して、日本は多様な魚の性質に合わせ、それぞれに養殖が行われています。培った多様な養殖技術に国産のゲノム編集による育種を組み合わせれば、世界の養殖発展への寄与も期待されます。

魚の養殖は、地球の食料資源確保のキーとなる

養殖産業は今、地球の資源を守りつつ高品質の食料を安定供給する、という観点から非常に重要になってきており、世界が注目しています。
世界の人口は2050年にはおよそ100億人に達するとみられています。すべての人々に必要なタンパク質を供給できるのか、世界経済フォーラム(WEF)も懸念を示しています。
従来からある牛肉や鶏肉などの食肉のほか、培養肉や昆虫食などが検討されていますが、魚は家畜に比べ少ない飼料で高品質のタンパク質を作れるのです。また、魚は、体に良いとされるDHAやEPAなどのω(オメガ)-3脂肪酸も多く含んでいます。

とはいえ、天然資源を乱獲していては、じきになくなってしまいます。そこで、天然資源を守りつつ生産する養殖が重要なのです。実際に世界の漁業生産においては、養殖生産が既に5割を超えています。日本でも、以前と比べ養殖魚に対する評価は向上していますし、世界的には養殖は、持続可能な生産方法となりうる、として期待されています。

写真 世界の漁業・養殖業生産量の推移
漁船による漁業が頭打ちとなり養殖業が著しく増えていることがわかる
出典:令和元年度水産白書第1部第3章図3-1