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農林水産技術会議

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国内のゲノム編集研究開発事例を紹介します!(九州大学農学研究院附属アクアバイオリソース創出センター唐津サテライト編)

世界の食料供給に貢献するために~ゲノム編集マサバ研究に挑む~

ゲノム編集で、マサバの性格を変える

さてここからがやっと、ゲノム編集マサバの話です。
マサバの完全養殖ができるようになったことを踏まえ、松山教授らはマサバの育種に挑むことにしました。改良すべきポイントとして注目したのは、マサバの“性格”です。マサバの性格はとても激しく、稚魚期に共食いをすることが知られています。ゲノム編集による育種に挑んだ大賀浩史・九州大学農学研究院助教は「マサバは通常、養殖する水槽の中では、ふ化してから体長10cmほどに育つまでに1割しか残りません。残りの9割は食べられてしまうのです。生き残る確率を上げられれば生産者にとって大きなメリットになる、と考えました」と話します。

2015年からゲノム編集マサバの研究を開始。魚の攻撃性については先行研究があり、メダカで「AVTR-V1a2」という遺伝子を変異させると攻撃行動が少なくなることが知られていました。
マサバにも同じ遺伝子があります。そこで、マサバの「AVTR-V1a2」をゲノム編集することを計画しました。

写真 共食いしたマサバの稚魚
出典:九州大学農学研究院アクアバイオリソース創出センター資料

飼育して3代で、遺伝子が完全に変異

マサバのゲノム編集に取り組むためには、まず卵を受精させ、受精卵にDNAを切るツールを注入する必要があります。ゲノム編集するためのツールは、特定のDNA配列に付く部分とDNAを切る酵素の2つがセットになったもの。TALEN(タレン)というツールと、ノーベル化学賞を受賞したCRISPR/Cas9(クリスパーキャスナイン)というツール、それぞれを実際に用いてみて成功率等を検証した結果、TALENで行うことになりました。これらのツールの違いを簡単に説明すると、TALENは特定のDNA配列に付く部分がタンパク質で構成されているのに対し、CRISPR/Cas9はRNAで構成されているという違いがあります。

写真 ゲノム編集 ゲノムの狙った場所を切断して、狙った性質を改良する技術。
DNAが切断されると、修復ミスが生じ、配列が変わることがある(突然変異)。
突然変異により、個体に現れる形や性質などの特徴が変化する。
出典:農林水産省資料

ゲノム編集を施したマサバ同士をさらに掛け合わせる作業を繰り返し行い、最初にゲノム編集を施した世代から3代目で「AVTR-V1a2」が完全に変異したマサバを千尾以上得ることができました。
飼育してみると、この3代目のマサバたちは性格がとても温厚。ほかの個体にかみつくなどの攻撃行動が通常のマサバに比べ大きく減少しました。

膨大な予備試験、研究の末、ゲノム編集へ

このように書き進めると、ごく簡単にゲノム編集ができたように思われるかもしれませんが、実際には、大変な困難がありました。
適切にゲノム編集を進めるためには受精のコンディションを整える必要がありますし、TALENで確実にゲノム編集を行うための膨大な予備実験が必要でした。

写真 マサバをゲノム編集する上で必要となった課題の克服に関し、その苦労を語る大賀浩史・九州大学農学研究院助教

たとえば、マサバの産卵は通常、午後10時~午前2時に行われますが、採卵作業の負担軽減を図るため、飼育水槽を暗幕で覆って昼夜を逆転し、午後1時~3時に産卵を誘導するようにしました。

写真 受精卵採取法の開発 マサバは深夜に産卵するため、昼夜を逆転した環境で飼育し、昼間に受精卵を得る
出典:九州大学農学研究院アクアバイオリソース創出センター資料

また、受精した卵はすぐに細胞分裂が始まります。ゲノム編集を施すには、受精から分裂が始まる前のわずかな時間に実験室に移し顕微鏡で見ながらTALENを注入しなければなりません。この時間を延ばすためには温度調節が必要であり、どの温度が最適かを決める研究が行われました。

写真 発生遅延法の開発 受精卵は2つ、4つ、8つと細胞分裂(卵割)が進んでいく。ゲノム編集作業は、細胞が1つの時(1細胞期胚)に対して行うが、通常の水温(18~20℃)では分裂が進み、作業を行うことができる時間はごく短い。低温で発生を遅らせることにより、作業時間を大幅に延長することに成功した
A:採卵ネットから回収して40分経過後の通常水温におけるマサバの受精卵。2~4細胞期胚へと卵割が進む。中央には大きな油球がみえる
B:回収して40分経過後の低水温処理したマサバの受精卵。発生が遅れ、1細胞期胚にとどまっている
出典:九州大学農学研究院アクアバイオリソース創出センター資料

さらに、マサバの受精卵へTALENを注入する際、メダカ等で使われる一般的なニードルを使用すると、胚が逆流してしまい、うまくTALENを注入することができません。そのため、先端を1ミクロンまで細くし、特殊な形に研磨したマサバ専用のニードルを開発しました。

写真 顕微注入用ニードルの開発 マサバの受精卵では、メダカ等で使われる一般のニードルを用いると胚が逆流し、ゲノム編集するツール(DNAを切る酵素)の注入が難しいため、マサバ専用のニードルに改良した
A:改良前のニードルを用いた顕微注入の様子。丸枠で囲んだ部分は、逆流した胚
B:先端を1ミクロンまで細くし、特殊な形に研磨した、改良後のニードルを用いた顕微注入の様子
出典:九州大学農学研究院アクアバイオリソース創出センター資料

このように、各段階での種々の研究と予備実験を経て、ゲノム編集は行われるのです。

獰猛さが影を潜め、ゆったり

大賀助教が実際に、水槽で飼育されているマサバを見せてくれました。通常のマサバは飼育水槽の表層付近を激しく泳ぎ回り、餌を与えると我先に、と食らいつきます。大賀助教は「稚魚期は共食いが激しくて、翌日水槽を見て、あれっ、こんなに少なかったっけ?と驚くほど、数が減っていたりします」と話します。
ところが、ゲノム編集マサバは少しゆっくり泳ぎ、餌を食べるのもゆったり、おとなしいのです。でも、サバらしい敏捷さはやっぱりあって、優雅に泳ぎ回っています。成功です!

写真 写真 ゲノム編集していないマサバ(左)とゲノム編集マサバ(右)。大賀助教が餌をやってみせてくれた。通常のマサバが争って餌に食らいつき水面が激しく泡立つのに対して、ゲノム編集マサバはおとなしく餌を食べる

ここまでの話に、「魚にも性格があるのか!」「それを変えるのか!」と驚いた人もいるかもしれませんね。動物はそれぞれ種類により、荒々しかったり従順だったり、性格があります。実は人類は、おとなしい動物を選んで家畜やペットにし、さらに品種改良してきた歴史があるのです。
たとえば、イノシシと豚を比較してみると、豚がおとなしく従順で、肉がたくさんとれるようにふくよかに大きく改良されてきたことがわかります。
家畜と同じように、マサバも養殖に適した性格のものを飼育できるようになれば、生産効率は上がります。それに、マサバにとっても共食いせずにすみ、心穏やかに過ごせるのかもしれません。

これまでの、通常の育種方法では、魚の性格の違いを見分けて品種改良につなげるのは困難でした。家畜であれば、飼ってみて「荒っぽい性格だ」「この個体はおとなしい」などと区別がつき、選ぶことができます。でも、マサバは群れになりすごいスピードでずっと泳ぎ続けているのです。

おそらく、自然の突然変異により、「AVTR-V1a2」のDNAが切れ性格がおとなしくなったサバが、これまでも産まれていたことでしょう。でも、それを人が見分け選び出すのは困難なため、通常の育種方法では、性格のおとなしいマサバは得られませんでした。ゲノム編集技術だからこそ、たった1つの遺伝子を変異させ、著しく性格の違うマサバができたのです。