このページの本文へ移動

農林水産技術会議

メニュー

あなたの疑問に答えます

ゲノム編集について専門家に疑問をぶつけるコーナーの最終回。なぜ、多くの人が不安を覚えているのか?  私たちの心の仕組みをお聞きします。なお、概要については、記事の最後に3つのポイントとしてまとめています。

疑問8  新技術に感じる不安、どう考えたら良いのでしょうか?

写真 写真右/明治大学  石川幹人教授
写真左/科学ジャーナリスト  松永和紀氏
松永
専門家の方々にご意見をさまざまお聞きして改めて今、感じているのは、ゲノム編集技術は急激に進んでいてなおかつ高度な専門性を含むので、市民・消費者が理解するのはやっぱり容易ではない、ということです。科学的に正しく、かつ、わかりやすくかみくだいた情報が、まだ市民・消費者にほとんど届いていません。だから、「わからない」という気持ちは当たり前、なんです。
石川
そうですね。
松永
それが大前提なのですが、気になるのは、「わからないから勉強してみよう」にならず、不安に絡め取られている人たちがいる、ということです。私は生協の広報誌に連載したり、勉強会で講演したりする機会が多いのですが、「遺伝子を変えるって不安です、怖いです」とよく言われます。説明しようとするのですが、聞いてもらえなくて、「ゲノム編集食品は危ない」という情報の方に走ってしまう。そういう人たちにどのようにして科学的な情報を届けたらよいのか、わかりません。そこで、科学技術とそれを受け止める人の心理に詳しい石川幹人・明治大学情報コミュニケーション学部教授に、ご意見をおうかがいしたいと思いました。

見知らぬものが怖いのは、人間の本能

石川
進化心理学の観点から考えてみましょう。人類は、260万年前からつい数万年前まで狩猟採集生活を送っていました。ヒト本来の行動や心理は狩猟採集時代のまま、その生活に適するようにプログラムされています。狩猟採集時代、ヒトは小集団で縄張り争いを繰り返してきました。一集団は多くても150人ほどで、よく知っている仲間です。一方、見知らぬ人は敵で怖いもの。そんな生活でした。だから、現代人も実は、条件反射的に見知らぬ人を怖がるようにできている。言葉も同じ。見知らぬ言葉には、不安、恐怖を感じます。
松永
ゲノムなんて言葉、今までほとんど聞いたことがなかったのに突然出てきて、安全だ、と言われても、不安になるのは当然、ということですね。
石川
現代の文明社会は、構成する人数がもっと多い。一人一人が怖がりを乗り越えて、数千人がいろいろなコミュニケーション手段を用いて協力して大きな仕事を成し遂げる時代です。現在の文明社会は、その必要性を認めているので、見知らぬ人とも仲良くしましょう、という教育が行われています。だけど、心の奥底では、見知らぬ人、言葉や技術に不安を覚えています。社会は、それが有用だと判断するなら、不安を乗り越えるための活動を展開しないといけない。

科学と感情は対立する

松永
ゲノム編集の場合には、そうした活動がはじまったばかり、ということなのかもしれませんね。
石川
ただし、科学の考え方を受け入れるのも、人にとって容易ではありません。科学は、理性を大きくして人の英知を働かせるもの。現象の事例を数多く集め、パターンを見つけて法則化し、それを実際の場面で応用してゆく、という3ステップで成り立つのが科学です。一方、感情は、人が理性よりももっと古くから抱いているもの。友情、恩義、義理人情は人類が狩猟採集時代に100人ぐらいの小集団で培った感情です。その時代なら、顔の表情を見て関係を構築できました。しかし、文明社会となって集団が大きくなり、対面のコミュニケーションには限界が生じた。そこで、理性が生まれ科学につながった。科学がなければ、現代のような文明への発展もなかった、と言って良いと思います。
松永
ならば、科学と感情は本来、対立する構造がある、ということでしょうか。

行動経済学が示すヒトの過ち

石川
近年、行動経済学が発展してきています。昔は経済心理学と呼ばれていました。2002年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンはもともと、認知心理学者です。認知心理学でわかった人の思考の偏りを、経済学に導入し経済行動の分析に盛り込むと、予測精度が高くなることを示しました。
松永
カーネマンの著書では、人間がどれほど感情的であり、合理的、科学的な判断を下せないバイアスのかかった生き物か、ということが、これでもか、というぐらい語られていましたね。しかも、非常に高度な教育を受けた人であっても、自分が非合理になって誤った判断を下していることに気付けない、と。
石川
私は、科学を感情で判断するのはやっぱりよくない、と思うんですよ。人は、昔から親しんできたものがよい、自然がよい、とどうしても思いがち。でも、自然の悪い点を見つけてコントロールしてうまくやっていくのが文明社会であり、科学、人工なんです。食べ物だってそうでしょう。自然のものは毒が多くて雑菌が付着しています。お店で売っている野菜や果物を食べて問題がない、というのは科学に基づいて人工的な操作が入っているおかげです。
写真出典:農林水産省リーフレット「ゲノム編集~新しい育種技術~」
松永
そうなんです。トマトの原種は木イチゴぐらいの大きさしかなくて、毒性物質を多く含む。人が改良していったから今、大きくて味がよくて健康にもよいトマトを食べられます。でも、改良してきた人の努力はなかなか気付いてもらえない。自然・天然という言葉が食品のセールストークとして氾濫しています。

自然の悪い点を補うのが人工

石川
自然回帰は、お金を持っていれば成立しますが、本当に回帰して自給自足生活に戻ったら、資源がまったく足りないので、奪い合いになりますよ。
松永
うわあ、そんな恐ろしいことを言わないでください。
石川
もっと穏当な例を出しましょう。たとえばめがね。めがねは人工的なものですね。目の有効期限は、30年とか40年と言われます。たんぱく質が変性して病気になりやすくなります。昔は寿命が短かったので、目の有効期限も短くてよかったんです。しかし、寿命が伸びているので、めがねをかけて機能を補う。つまり、自然プラス人工で、うまくやっていけるようになっている。
科学によって我々の生活にもたらされたメリットもきちんと認識するべきです。たとえば、ハーバー・ボッシュ法をどれだけの人が知っているでしょうか?これは、空気中の窒素を固定化して化学肥料を作る方法で20世紀初頭に発明されました。これにより、荒れた土地でも作物が育つようになって食料生産力が飛躍的に上がりました。ハーバー・ボッシュ法がなかったら、世界は食料を奪い合っていると思いますよ。でも、ハーバー・ボッシュ法なんて、一般的には知られてない。
写真左/顕微鏡をのぞき込み、ゲノム編集ツールが導入された細胞を植え替えする。右/ゲノム編集ツールが導入された後、培養されたイネの細胞。培地の組成を変更することで細胞が刺激を受け、再分化(根や茎葉が生えること)する。この後、目的どおりに変異しているものが選抜されて水耕栽培に移され、さらに選抜や交配などの工程を重ねゲノム編集ツールは除去され、野外での栽培試験も経て商用化に至ることとなる。その間にオフターゲット変異の有無などの遺伝子解析も行われ、食べた場合の安全性や栽培時の環境影響等が詳細に検討される。
(2019年12月、農研機構で)

ゲノム編集の理解は、遺伝子組換えへの先入観で変わる

松永
ゲノム編集に話を戻しましょう。今、こんな気持ちの人が増えているのかな、と思います。ゲノムとか遺伝子を変異させる、というような未知の言葉を羅列されて不安を感じる。ゲノム編集食品もまだ販売されてないのでなんの実感もない。不安を乗り越え、理性をフル稼働させて情報を入手し理解しようとしても難解……。
石川
ゲノム編集に対する理解は、遺伝子組換えに抱いている先入観によって大きく変わる、ということもわかってきました。
松永
どういうことですか?
石川
私は、共同研究者の山本輝太郎と日本科学教育学会の学術誌に論文を発表しました。詳細は省きますが、一般の人を対象とした調査で、ゲノム編集に関する教材を示して学習してもらい、最終的にゲノム編集を評価してもらいました。すると、もともと遺伝子組換え技術に対して否定的な人たちは、学習した後もゲノム編集技術に否定的な傾向にありました。

遺伝子組換え危険説は科学的根拠に乏しい

松永
私も実感として、ゲノム編集を遺伝子組換えと重ね合わせて見ている人が多いなあ、と思っていたので、従来の遺伝子組換えとは異なる、ということも強調して説明するように心がけてきました。
写真遺伝子組換え大豆畑。食用油や飼料となる大豆が栽培されていた。遺伝子組換えにより除草剤耐性にしてあるため、除草剤利用により、膨大な除草の手間が省ける。また、米国での不耕起栽培とも組み合わせが良く、環境影響軽減も評価されている。(米国では、耕した土地からの風雨による土壌流出を防止する観点から、不耕起栽培が行われているが、不耕起栽培は雑草の管理が大きな課題でもあった。)
(アメリカ・イリノイ州で2018年)
石川
私は大学で、科学を装うさまざまな言説、つまり疑似科学を題材にして、科学リテラシーを教えています。たとえば血液型性格判断は、根拠となる研究の水準が低く、否定する信頼度の高い研究が数多くあり、疑似科学と言えるでしょう。遺伝子組換え作物危険説については、理論とデータの両方から疑問があります。先入観を持ってゲノム編集を判断するのはよくないですね。また、受け入れがたいという人の感情を利用して危険性ばかりを強調しては、科学的な判断ができなくなります。社会は感情が暴走してはいけない。行政も感情で動いてはいけません。
写真2019年7月、農林水産省など3省庁合同で開かれたゲノム編集食品に関する意見交換会。東京会場には300人以上が参加した。全国5カ所で開催され、担当者4人の説明の後、参加者との質疑応答が行われた。説明資料や議事録はすべて、関係省庁のウェブサイトで公開されている。
https://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/carta/tetuduki/risk_comm.html

科学的な情報が届くよう、社会構造を作り直す

松永
それでは、社会をどのように変えていったらよいでしょうか?
石川
認知科学、進化心理学を踏まえて、教育を変えてゆくべきだと思います。それに、すべての人に複雑な科学を理解しろ、というのは難しいので、オピニオンリーダー的な中間層に情報を伝えて、そこからいろいろな人たちに情報を流していってもらう、というような社会構造が必要だろうと思います。メディアにも頑張ってもらいたい。現実はもっと複雑だ、ということを認識して、うまく伝えてゆく努力をしてほしい。たとえば、台風が来て大きな被害が出たときに、メディアはどうしても「かわいそう」という感情を刺激するような報道をしてしまう。でも、大事なことはどのような予測のもとに治水管理が行われていたか、そこに問題はなかったか、というようなことでしょう。
松永
メディアが感情刺激装置になっているのは、この方が、人を引きつけて視聴率が上がり、販売部数も増えるからです。メディアに関わる者として反省するしかありません。
写真文部科学省の科研費により行われた「科学や疑似科学について学び科学リテラシーの増進を目指す」(疑似科学とされるものを科学的に考える)を基に作られたウェブサイト「Gijika.com」のトップページ。研究は、石川幹人教授を統括研究者に、菊池聡・信州大学教授、眞嶋良全・北星学園大学准教授らと分担、連携して行われた。ウェブサイトでは、サプリメントや水素水、マイナスイオン、血液型性格診断などの疑似科学性を評定している。
石川
私たちは疑似科学に関するウェブサイトを作り情報提供しています。専門家になるほどの知識は必要ないけれど科学的な観点で物事を判断したい、という人たちを増やす狙いがあります。
松永
現代社会は、科学技術の発展に支えられています。ゲノム編集は、品種改良に要する時間やコストを劇的に削減できるツールの一つで、食料生産向上や気候変動対策などに有効な技術です。科学は難しいけれど、関心を持ち続けないといけない。バラ色の未来だけを描くわけではありません。もし、思いがけない悪影響が起き始めた時に、なるべくそれを素早くキャッチし適切に対処するためにも、理解と関心の持続が必要なんです。同時に、人は生来の感情によってどうしても、物事の見方にバイアスがかかってしまい、不合理な思考に陥りがちであることを踏まえ、人類の未来を損なう判断をしないように努力しなければならない。石川先生のお話に、いろいろ考えさせられました。どうもありがとうございました。
写真

今回の概要

  • 人間は、見知らぬものに対して本能的に不安、恐怖を感じてしまう。
  • 科学や人工は、自然を補い、生活を改善してきた。
  • 新技術は、感情で判断せず、科学的な観点で理解し、関心を持つことが重要。

<参考文献>

石川幹人  なぜ疑似科学が社会を動かすのか  ヒトはあやしげな理論に騙されたがる(PHP新書、2016年)

ダニエル・カーネマン  ファスト&スロー  あなたの意思はどのように決まるか? (上)(下)(ハヤカワノンフィクション文庫、2014年)

Gijika.com(外部リンク)

山本輝太郎、石川幹人   2019  教材利用者が有する先入観が科学教育に与える影響―ゲノム編集の評価を例にして― 科学教育研究43(4)、373-384(外部リンク)

プロフィール

石川幹人(いしかわまさと)氏

明治大学情報コミュニケーション学部教授。
1959年、東京生まれ。1982年、東京工業大学理学部卒。企業および国家プロジェクトの研究所を経て、現職。学部・大学院では、生物物理学・心理物理学を学び、企業では人工知能の開発に従事。遺伝子情報処理の研究で博士号(工学)を取得。疑似科学にまつわる科学認識や科学コミュニケーションの研究、科学リテラシー教育を研究しており、健康食品や代替医療などの疑似科学度を評定するウェブサイト Gijika.com も運営している。

写真

プロフィール

松永和紀(まつながわき)氏

科学ジャーナリスト。
1989年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち独立。食品の安全性や生産技術、環境影響等を主な専門領域として、執筆や講演活動などを続けている。『メディア・バイアスあやしい健康情報とニセ科学』(光文社新書)で科学ジャーナリスト賞受賞。ほかに『効かない健康食品危ない自然・天然』(同)、『お母さんのための「食の安全」教室』(女子栄養大学出版部)など著書多数。

写真

記事印刷用PDF   

お問合せ先

農林水産技術会議事務局研究企画課技術安全室

ダイヤルイン:03-3502-7408
FAX番号:03-3507-8794

PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe Readerが必要です。
Adobe Readerをお持ちでない方は、バナーのリンク先からダウンロードしてください。

Get Adobe Reader