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農林水産技術会議

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あなたの疑問に答えます

第7回目は、ゲノム編集食品の海外での取扱い状況を解説します。なお、概要については、記事の最後に3つのポイントとしてまとめています。

疑問7  EUはゲノム編集食品を禁止している、という話は本当ですか?

写真 写真左/名古屋大学  立川雅司教授
写真右/科学ジャーナリスト  松永和紀氏

各国の取扱い方針が決まりつつある

松永
立川雅司先生は、品種改良における遺伝子組換えやゲノム編集の取扱いについて、諸外国の規制を調査されていて、とても有名な社会学の先生です。とくに、多くの人が気になっているのはEUの動きです。状況を教えてください。
立川
2019年は、国内でゲノム編集食品の取扱いが決まっただけでなく、アメリカやオーストラリアなど諸外国でも方向性が明確になりました。おおまかに説明すると、EUやニュージーランドは、ゲノム編集を遺伝子組換えとして取り扱う方針です。アメリカは、植物については規制対象外としました。南米諸国や日本、オーストラリアなどは、外来遺伝子等が残存していないことが確認されれば規制対象外、と判断しています。

EUも遺伝子組換え技術を利用している

松永
各国バラバラですね。それではまず、EUについて教えてください。EUでは、ゲノム編集食品を遺伝子組換え食品と同じように禁止しているのに、なぜ日本は野放しにするのか?  と市民に尋ねられたことがあります。
立川
EU加盟国が一律に遺伝子組換え食品を禁止しているわけではありませんよ。EUの事情は込み入っているので、整理しましょう。まず、遺伝子組換え生物の環境放出の規制の根拠になっている法律は、2001年に施行された「GMO指令」です。遺伝子組換えについては、欧州食品安全機関(EFSA)が承認した作物について、国ごとに栽培を認めるかどうか、決めています。現在はスペインとポルトガルの一部で遺伝子組換えトウモロコシが栽培されていますが、栽培させない国が多いのも事実です。
松永
私もスペインで取材したことがあります。トウモロコシ栽培の約3割を遺伝子組換え品種が占めていました。すべて家畜の飼料になっているそうです。
写真2018年6月、スペインの配合飼料工場で。遺伝子組換えトウモロコシや大豆ミールなどは配合されてペレット状の飼料になり家畜に与えられる。遺伝子組換え作物を食べさせても家畜の健康や肉・内臓の安全上の問題はなく、それらは遺伝子組換えの表示がされずに売られている。
立川
また、遺伝子組換え作物の輸入はこれら以外のEU各国でも認められており、EUは、大豆から油を搾った後の搾りかすである大豆ミールや大豆そのものを年間3,000万トン程度輸入し、飼料として利用しています。そのかなりの割合は遺伝子組換え品種です。
松永
遺伝子組換え作物を食べさせた家畜の肉については遺伝子組換えの表示をしなくてよいので、EUの多くの人は意識せずに食べています。予防原則に則ってEUは遺伝子組換えを拒否している、なんて日本ではよく言われていますが、現実はかなり違います。

欧州司法裁判所が、ゲノム編集=遺伝子組換えと裁定

立川
そして、ゲノム編集食品・生物の取扱いも、遺伝子組換え生物の環境放出の規制根拠になっているGMO指令に基づいて検討され、欧州司法裁判所が2018年7月、裁定を出しました。
松永
どのような内容だったのですか?
立川
この案件、実はゲノム編集食品の取扱いについて争っていた裁判ではありません。もともと、フランスの農業者団体がフランス政府の決定を不服として欧州司法裁判所に提訴していたもので、突然変異を利用するさまざまな品種改良について、法律上の整理を求めていました。裁定では、突然変異誘発に由来する生物はすべて遺伝子組換え生物であり、GMO指令の法的義務を負う、と判断されました。ただし、長期にわたり安全に使われているものは、除外する、としました。
松永
どういうことですか?もう少し平易に解説してください。
立川
突然変異による品種改良の中には、化学物質、放射線などを用いてゲノムに突然変異を起こさせるものや、ゲノム編集のようにゲノムの狙った部位を変異させるものなど、さまざまあります。裁定は、化学物質や放射線などを用いた従来からの突然変異技術はGMO指令の対象外とする一方、2001年以降に開発された突然変異誘発技術はすべて、遺伝子組換えと同じ規制を受ける、としました。ゲノム編集による品種改良は2001年以降の技術なので、遺伝子組換えと同じ扱いです。
松永
遺伝子組換えに反対してきたEUの市民団体が勝利宣言し、大々的に報道されました。それにより、日本でも、EUは遺伝子組換えと同じようにゲノム編集食品・生物も拒否した、という印象になりました。

EUの判断は、リスク評価に基づくものではない

立川
ポイントは、この裁判所の判断がリスク評価に基づくものではない、ということです。2001年に制定されたGMO指令の条文からどう解釈できるか、という検討により導き出した結論です。
松永
なるほど。ゲノム編集食品は危ないから、EUは遺伝子組換えと同様に厳しく規制するのだ、と考える人もいるのですが、それは間違い、というわけですね。
立川
欧州司法裁判所は、EUにおける最高裁判所にあたります。したがって、この裁定は覆りません。GMO指令は20年前にできたもので、ゲノム編集技術まったく想定していませんでした。したがって、新技術の登場により法令の見直しが必要なのだ、と私は考えますが、それは行われていません。

研究者がEUから逃げ出している

松永
この裁定の結果、EUはゲノム編集による品種改良の研究開発も、規制をどのようにするかの議論もまったく進まなくなり膠着状態に陥っている、と聞きました。
立川
研究者たちが、荷物をまとめてアメリカや南米、中国へ行った、という話も聞きます。欧州司法裁判所の裁定後、欧州委員会では審議を続けており、欧州食品安全機関に対してリスク評価も依頼しています。しかし、具体的にどのような規制とするのかは、まだ不明です。
松永
ゲノム編集技術は、食料増産や気候変動対策に有益な品種改良技術の一つです。その技術の域外流出を招いてしまって、EUは大丈夫なのでしょうか。裁定に対する科学者や産業界の反発は強く、2019年7月にもEUの117の研究機関が合同で、規制を近代化してほしい、とする見解を表明しています。

アメリカでは、ゲノム編集作物は規制対象としない

松永
膠着状態のEUに対して、ほかの国はどう動いていますか?
立川
アメリカは、作物と動物で取扱いが異なります。作物については農務省(USDA)が方向性を示しており、ゲノム編集作物のうち、ゲノムの狙った部位を切り塩基が欠失したり置換したりしたもので外来遺伝子が残存していない場合は、規制対象外となる方向性です。
松永
日本の制度とだいたい同じ、と考えてよいでしょうか。
立川
日本は国への届出や情報提供を求めますが、アメリカは作物については求めません。ただし、事業者が自らUSDAに情報を提供することはできます。USDAに届け出られた事例は20件以上あります。大学などからの届出が多く、2020年1月現在、商品化が公表されているのはオレイン酸の含有量が多い大豆1品種のみ。油に加工されレストランなどで提供されているそうです。
松永
そうした情報を市民が把握しづらく、不安を煽られているのが問題です。ゲノム編集によってオレイン酸含有量が多くなった大豆が、知らないうちに豆腐や納豆などとして店頭に並んでいるかもしれない、などと脅かす識者まで現れているのです。油の原料になる大豆と、豆腐や納豆になる大豆は品種が異なるので、そんなわけはないのですが。
立川
一方で、アメリカ食品医薬品局(FDA)はゲノム編集動物については、遺伝子組換え生物として規制する方針案を打ち出しました。その後多くの科学者や産業界が政府に規制見直しを求める署名活動を展開しています。ケースバイケースでリスクを評価し判断するべきだ、という主張です。そのためか、FDAはまだ正式決定していません。ただしFDAは昨年、ゲノム編集により角がなくなった牛のゲノムを詳しく調べ、外来遺伝子が残っているのを見つけた、と論文で報告しています。実験において、なんらかのミスがあったのだろう、と考えられています。国への届出や第三者によるゲノム情報のチェックは、やっぱり必要なのかもしれません。

法律のアップデートが必要だが…

松永
各国の規制がバラバラなので、輸出入が円滑にできるか、心配になります。今後、ゲノム編集食品が生産され本格的に流通しはじめた時に、どうなるのか。
立川
総じて言えるのは、世界各国で法令のアップデートをしていない、ということです。その結果、新技術と規制との間にギャップがあり、不十分な対応しかとれなくなり、国際的な混乱につながっています。たとえば今後、南米で開発されたゲノム編集作物が、区別されないままEUに輸入されたとします。欧州司法裁判所の裁定どおりならば、遺伝子組換えとして取り扱わなければいけません。しかし、科学的な検査では、従来の作物と区別ができず見つけられません。もし、内部関係者の告発で違反が明らかになれば、回収を命じられるでしょう。そんなトラブルを恐れて、EUの事業者は南米から作物を輸入しなくなる、というようなことも考えられます。
写真食料の高品質化や生産力向上、気候変動対策など、品種改良への期待
は大きい。ゲノム編集技術は、品種改良の手法の一つとして、大きな
可能性を持つ。(2019年12月、農研機構で)
松永
そうなると、EUは作物を自給し、南米産の安い作物の輸入を防いで域内の農業生産を守れる、ということになりますよ。EUの農業者にとっては願ったりかなったり、かも。
立川
その一方で、アメリカや南米諸国等が遺伝子組換えやゲノム編集で品質や生産力を格段に高めた作物を生産しその恩恵を受けられるのに、EUは置いてきぼり、という事態にもなり得ます。
松永
うーん。難しいですね。食料の高品質化や生産力向上、気候変動対策など品種改良におけるプラスの効果と、そのための技術や産業の育成、そして、自国の農業保護と……。さまざまな要素がミックスされて、各国の思惑が絡み合うことになるのかも。

日本は、2011年から検討していた

松永
日本の規制については、どのようにお考えですか?日本はアメリカの圧力を受けて制度を短期間で決めてしまったからけしからん、とよく、批判されますが。
立川
それは事実ではありません。記録と私の記憶によれば、議論がはじまったのは2011年。このときは、新たな育種技術(New Plant Breeding Techniques)の頭文字をとって、NPBTと呼ばれており、ゲノム編集技術もその一つ、という位置づけでした。以降、日本学術会議や農林水産省などが検討を重ねており、2018年6月に閣議決定された統合イノベーション戦略で「国民に正確な情報を発信しつつ、技術開発・社会実装を進めていくことが必要」「カルタヘナ法上の取扱い及び食品衛生法上の取扱いについて、2018年度中を目途に明確化」と位置づけられ、議論をまとめた、という流れです。

リスクの大きさに応じた規制が必要

松永
日本は、しっかりと検討のうえで制度を決めた、と評価してよいのでしょうか。
立川
そうですね。ただ、日本は主に、食品衛生法とカルタヘナ法に基づいて規制されるのですが、法律により制度に少し齟齬があるのが気になります。どの国についても共通して言えることだと思いますが、昔できた法律の条文解釈で規制が決まる、というのはよくない。技術の変化に合わせて規制もアップデートすべきです。その食品・生物のリスクの大きさに応じた規制やモニタリングが講じられるのが望ましい、と考えます。技術は進歩しますよ。そろばんを使っていたのが電卓になったらもう、二度とそろばんには戻れないですよね。ならば、新技術をしっかりと調べて理解して、規制のコストも検討して過剰規制は避け、新しい動きはすぐにキャッチアップして、という体制を整えておくべきだと思います。
松永
日本の制度は、ゲノム編集食品の規制をリスクの大きさに応じて変える、という点では配慮されているように思います。従来の品種改良と同等の変異は、規制はかけないけれど届出や情報提供を促しています。外来遺伝子や特定の塩基配列を入れ込むゲノム編集食品については、導入する遺伝子・塩基配列の性質によりリスクの懸念も出てくるため、安全性評価を行う、という仕組みになっています。
立川
作物の品種改良に用いる場合には、ゲノム編集した後に戻し交配や選抜などの多段階のステップがあり、その過程で望ましくない形質のものは排除されるので、大きなリスクにつながりにくい、というのは言えそうですね。ただし、ゲノム編集生物が環境中に放たれて生育したり栽培されたりした時の環境影響は不確実性が伴う、という主張もありますよ。ゲノム編集技術は従来の遺伝子組換え技術よりも応用範囲が広いので、注意しておかないと。
松永
それはどういうことですか?
立川
非常に高い確率で遺伝子改変できるので、作物の品種改良以外にもいろいろな応用法が出てくるはずです。たとえば、絶滅が危惧されている生物種をゲノム編集技術によって救い絶滅を回避させよう、という研究もあります。
写真立川雅司教授は、三上直之・北海道大学高等教育推
進機構准教授との共著で、市民による議論・思考の
重要性を示す書籍も出している。
(ひつじ書房、2019年)
松永
自然の生物を保護したり管理したりする分野でもゲノム編集技術が用いられようとしていてリスクが話題に上ることも多いのですが、それらは、品種改良とは異なるゲノム編集技術の使い方なので、市民には区別して理解してもらいたいです。

ホライゾンスキャニングが必要

立川
技術開発が進み、人が把握する前に人の健康や環境に大きなインパクトを持つようになってしまった、という事態を招かないように、情報を集めておく必要があります。私の共同研究者で東京大学公共政策大学院特任講師の松尾真紀子さんが、日本でもホライゾンスキャニングが必要だ、と提唱しています。ホライゾンスキャニングというのは、新興技術について研究開発や市場動向、法規制や社会が受け入れるかどうか、などについて情報を集め、変化の兆候や萌芽をすばやくとらえる活動です。すでにアメリカでは農務省の資金提供で準備がはじまっています。一方、日本は情報が各省庁に分散しています。統合して情報を蓄積し、迅速に判断できる体制作りが望まれます。
松永
ゲノム編集には大きな可能性があり、だからこそ、注意すべきだ、ということですね。電卓を捨ててそろばんに帰れ、ではなく、電卓を上手に使いこなす英知が必要です。ゲノム編集食品の開発者には、きちんと届出や情報提供をお願いしたいし、市民・消費者も、間違った情報には惑わされず冷静に関心を持ち続けないといけない。今日はどうもありがとうございました。
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今回の概要

  • EUにおけるゲノム編集の取扱い方針は、リスク評価の結果ではなく、法律の条文解釈の結果である
  • 各国の規制は異なっているが、輸出入に際してはその国の規制に則る必要がある
  • ゲノム編集技術は大きな可能性を持つからこそ、注意も求められる。情報を集め統合し迅速に判断する体制が必要

プロフィール

立川雅司(たちかわまさし)氏

名古屋大学大学院環境学研究科教授
1984年、東京大学文学部社会学専修課程卒業、1985年農林水産省入省。農水省、農林水産政策研究所に勤めながら、1993年ミシガン州立大学大学院社会学研究科修士課程修了。2002年に博士(農学)を取得(東京大学)。2007年に茨城大学准教授となり教授を経て2017年度より名古屋大学大学院環境学研究科教授。2019年、『「ゲノム編集作物」を話し合う』 (ひつじ書房 , 三上直之, 立川雅司)を出版した。

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プロフィール

松永和紀(まつながわき)氏

科学ジャーナリスト。
1989年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち独立。食品の安全性や生産技術、環境影響等を主な専門領域として、執筆や講演活動などを続けている。『メディア・バイアスあやしい健康情報とニセ科学』(光文社新書)で科学ジャーナリスト賞受賞。ほかに『効かない健康食品危ない自然・天然』(同)、『お母さんのための「食の安全」教室』(女子栄養大学出版部)など著書多数。

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