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農林水産技術会議

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あなたの疑問に答えます(ゲノム編集食品はどのように開発されていますか?)

第6回目は、消費者の期待に応える食品が、ゲノム編集技術を用いてどのように開発されているか、その実例に迫ります。なお、概要については、記事の最後に3つのポイントとしてまとめています。

疑問6  ゲノム編集食品はどのように開発されていますか?

写真 写真右/筑波大学  江面浩教授
写真左/科学ジャーナリスト  松永和紀氏

高GABAトマトが店頭に並ぶのはまだ

松永
今回は、血圧上昇抑制などの効果が期待されている成分、GABA(γ-アミノ酪酸)を多く含むトマトを研究開発中の江面浩先生に、お話をお聞きします。とはいえ、最初に爆弾発言をしてしまうと、私は当初、江面先生にはこの欄にはご登場いただかなくても……と考えました。なぜなら、新味がない。ゲノム編集食品というと、新聞でもテレビでもよく江面先生のトマトが紹介されますから、読者はああまたか、となってしまう。
江面
ひどい言い方だなあ。でも実際、取材申込みはたくさんあります。しかも皆さん、「明日、厚生労働省に届出しますか?販売は1週間後?」という勢いで取材に来られる。まったく違います。店頭に並ぶのはまだ先、と説明しているのですが、その点はなかなか報道してもらえなくて……。
松永
そうなんです。私なりに下調べをして、報道されていない重要、かつ面白い話がたくさんあるぞ、ということがわかって、今日お伺いしました。よろしくお願いします。まずは、高GABAトマトの今後のスケジュールです。
江面
いろいろとステップを踏まないといけません。まず、国への届出や情報提供。高GABAトマトは、ゲノムの狙ったところを切っただけで、その後の遺伝子変異は自然にお任せなので、遺伝子組換え食品には該当しません。ゲノム編集を行った際に移入した外来の遺伝子等が残存していないことを私たちが確認し、農林水産省に情報提供し、厚生労働省にも届出することになります。受理されたら、農家に種子を提供できます。

タネを増やして安定供給する

松永
現在は、大学で試験栽培中で、届出はまだですね。
江面
トマトは春にタネをまいて夏から秋に収穫する夏秋トマトと秋にタネまきをして冬から春にかけて収穫する冬春トマトという二つの作型があります。高GABAトマトは冬春型です。届出等の手続きが終われば、試験栽培で得られた種子を農家へ渡し、商用栽培が始まりますが、まだ収穫量はわずか。店頭には出回らないでしょう。そのシーズンは採種に努め、その種子を販売して農家がその年の秋にタネまき。そしてやっと、冬から春に店頭へ、ということなのです。まだ先ですよ。
写真ゲノム編集技術により開発された高GABAトマト(F1系統)。筑波大研究チームは現在、市販品種をゲノム編集技術により改良したトマトを開発中で、準備ができ次第お目見えする予定。
写真提供:筑波大学
松永
会社も設立されたとか。
江面
種子を生産販売するため、筑波大学発のベンチャー企業として「サナテックシード株式会社」を設立しました。私は、取締役最高技術責任者を務めています。
松永
ベンチャー企業設立をお金儲けと勘違いする人もいますが、そうではない。なぜならば、どんな作物でも新品種のタネを増やしてゆくのは大変な作業で、苦労話が付きものです。種子の安定供給のためにわざわざベンチャー企業を立ち上げたところに、先生の本気度を感じます。それにしてもなぜ、高GABAトマトを開発したのですか?

GABAの基礎研究を10年続けてきた

江面
GABAはアミノ酸の一種で動物、植物に広く含まれ、人が一定量をとると血圧上昇を抑制する効果がある、とされています。私たちはトマトのGABA合成に関わる遺伝子やその機能の解析などの基礎研究を10年ほど続けてきました。トマトは他の野菜や果物よりGABA含有量が多いのですが、血圧上昇抑制効果を得るにはトマトをかなりの数食べなければいけない。そこで、もっと少ないトマトでこの効果が得られるようにできないか、と考えました。GABAはトマトの植物体内でグルタミン酸というアミノ酸から作られています。グルタミン酸からGABAを生合成する過程にかかわるGADという酵素の遺伝子をゲノム編集して、GADの活性を上げ、GABAがたくさん作られるようにしました。
写真細胞中でグルタミン酸からGABAを生合成する酵素GADには通常、自己阻害ドメインが付きGABAの合成を抑えている。トマトにストレスがかかり細胞中のカルシウムイオン濃度が過多になったりpHが低下したりすると、自己阻害ドメインの構造が変化し、酵素の活性が上がってGABAを多く作る。この酵素の遺伝子をゲノム編集技術により変異させると、酵素活性を抑制していた自己阻害ドメインが除去され、酵素活性が高まって、GABAが大量に作られるようになる。
図提供:江面浩教授
松永
ゲノム編集した結果、どれぐらいのGABAを含むようになったのですか?
江面
普通のトマトの4~5倍です。1日に2個のミニトマトを食べれば血圧上昇抑制に十分な量のGABAを摂取できます。

毒性物質が増えたりしないか?

松永
生物は体内で多種多様な物質を作り、微妙なバランスを保って生きています。GABAが多くなった代わりに栄養成分が減ってしまうとか、GABAが高蓄積することで別の代謝系が活性化して毒性物質が増える、というようなことは起こりませんか?
江面
GABAになるグルタミン酸はもともと、トマトに大量に含まれます。そのうちのほんの一部がGABAになるので、GABAの高蓄積によってグルタミン酸が不足する、ということはありません。トマトのほかの成分がゲノム編集によって変わっていないかも非常に詳しく調べ、変化がないと確認しました。
松永
なるほど。栽培する農家はもう決まっていますか?
江面
相談中です。農家やJAなどから「作りたい」という問い合わせが来ますよ。価格は、普通のトマトよりは少々高めになるでしょう。ゲノム編集食品を実用化した場合には、技術使用の特許料も支払うことになりますので。でも、高くなりすぎないように努力します。

ゲノム編集であることを示して売りたい

松永
消費者には、ゲノム編集であることを説明しますか?
江面
種子については、ゲノム編集で高GABAになっていることが付加価値でもあるため、しっかりと情報提供して農家に売ります。できたトマトをどうするかは農家などの判断となりますが、消費者に情報提供のうえで販売してほしい、と思っています。
松永
食品表示の世界では、ゲノム編集食品であっても遺伝子組換え食品に該当しないものについては任意表示、というルールです。ゲノム編集食品と普通の食品を、第三者は科学的に識別できないこと、また国内外において、ゲノム編集食品の取引記録等の書類による情報伝達の体制が不十分だからです。このタイプのゲノム編集食品は従来食品と同等に安全で、表示は消費者が選ぶためのものです。消費者庁は、ゲノム編集食品やそれを原材料とする食品であることが明らかな場合については、消費者の自主的かつ合理的な選択の観点から、事業者が積極的に情報提供するよう努めるべき、としています。
写真ゲノム編集食品のうち遺伝子組換え食品に該当するものは、遺伝子組換え食品としての表示が必要。一方、該当しないものは、任意表示、というルールとなった。
出典:消費者庁資料

QRコード(※)の活用など工夫

江面
高GABAトマトは、1個ずつQRコードを付けて売るなどの工夫が必要になるかもしれませんね。それに、第三者は区別できないのですが、種子を開発した当事者はその品種に固有の塩基配列を把握しているので、区別できます。高GABAトマトとして流通販売されているものが本物か、普通のトマトが混ぜられていないか、折々チェックもして公表してゆきたい。
松永
その塩基配列情報自体を公開してくれれば、第三者も検査で区別できるようになり表示義務化も可能だ、という意見もあります。でも、種子の場合、塩基配列、つまりは遺伝情報そのものがその種子の価値、企業秘密です。知的財産権を守るためにも遺伝情報の公開は難しい。だからこそ、開発者としてチェックします、ということですね。
(※  QRコードは(株)デンソーウェーブの登録商標です。)

世界一のデータベースを作り上げた

松永
ところで、江面先生は基盤研究で世界のナス科植物の研究に多大な貢献をされている、と聞きました。
江面
知られていない世界一、です。マイクロトムという実験用トマトがあり、化学物質にさらしたり放射線を照射したりして、さまざまな突然変異体を作っています。1万6000系統以上を得て、種子を維持しデータベース化しています。
写真マイクロトムの遺伝情報を基に、世界中の研究機関で研究や品種改良が進められている。
図提供:筑波大学
松永
どういう意味合いがあるのですか?
江面
マイクロトムは遺伝的には市販のトマト品種とほとんど変わりません。しかし、実験がとてもしやすい。たとえば、色が違う変異体ができたとしたら、ゲノム情報を調べ、どこの塩基配列が変わっているかを突き止めます。それにより、色に関わる遺伝子がどこにあるか、どんな役割を果たしているのか、解明が進みます。私たちは、さまざまな変異体の研究から、果実の日持ち性や着果性、糖や機能性成分の蓄積など、多くの遺伝子を特定しその機能を研究しています。そうしてわかったことが、トマトの品種改良にすぐに活かせるのです。
松永
世界一、というのは?
江面
トマトの変異体をこれほどたくさん持っているところはありません。そのため、データベースは世界中の研究者から利用されています。研究者はウェブ上のデータベースで検索して、この変異体の種子を送って欲しい、と連絡してきます。その種子を送ると、それを育てて研究して、遺伝子を特定し機能も解析します。その情報もまたデータベースに入れて、共有知とします。年間に1000件ぐらい種子の配布要請があり、その半数は海外からです。
写真マイクロトムの変異体や野生トマトなどの情報を集積したデータベースのトップページ。日本語と英語で検索でき、世界中から種子配布の要請が寄せられる。

国が、データベース整備を推進

江面
国が推進する「ナショナルバイオリソースプロジェクト」の一環で、トマトの場合には筑波大学が中核機関、大阪府立大学、明治大学がサブ機関となり運営しています。
松永
変異体を作るだけでなく、栽培して種子を採取して保管し、何年かおきに栽培し直して種子の更新もしておかなければ、配布もできません。大変な作業です。でも、そうした基盤があるからこそ、遺伝子の機能が特定され、狙った遺伝子のみを変異させる、というゲノム編集技術が活きてくる。
江面
まずは消費者の健康に役立つものとして、高GABAトマトの実用化を目指しますが、ほかにもいろいろできますよ。たとえば、マイクロトムの変異体の中に、収穫後に室温で2カ月置いても外見がまったく変わらないものがありました。そこで遺伝子を調べたところ、果実を老化させるエチレンという物質にかかわる遺伝子の塩基の一つがTからAに置き換わっていました。
松永
トマトは約9億の塩基対を持っているとされていますが、たった1塩基の置換でそこまで変わるのですか。
江面
私たち研究者も驚きました。この遺伝子は植物が共通に持っているものですので、野菜や果物をゲノム編集することで、形や色、おいしさなどはそのまま、日持ちが格段によくなり食品ロスを大幅に削減できるかもしれません。
写真上のトマトは一般的な品種。下は1塩基が置換された突然変異体。たった1塩基の変化により、日持ちが著しく向上した。
図提供:筑波大学
松永
基盤となるデータベースが日本で運営され、世界で品種改良に貢献している、と知ると、とても誇らしいです。
江面
ゲノム編集技術には大きな可能性があります。日本育種学会も社会に対して、「本技術によるすぐれた品種が速やかに社会実装できる環境を整えるようにお願いする」とする声明を出しました。技術をしっかりと管理して用いてイノベーションにつなげたい。そのことを多くの人に理解してもらいたい。今は、研究をしながら年間40回から50回程度、取材対応や講演もして、コミュニケーションに務めています。
松永
今日はどうもありがとうございました。
写真

今回の概要

  • ゲノム編集技術により高GABAトマトを開発。ほかの成分は一般のトマトと変わりないことも確認した。
  • 消費者にゲノム編集食品であることを情報提供しながら売りたい。
  • ゲノム編集技術の基盤となるデータベースは、世界中の研究者から利用されている。

プロフィール

江面浩(えづらひろし)氏

筑波大学生命環境系教授/つくば機能植物イノベーション研究センター長
筑波大学第二学群生物学類卒業。大学大学院生物科学研究科を経て1986年、茨城県園芸試験場技師に。2000年筑波大学農林学系准教授、2005年  同大学大学院生命環境科学研究科教授に就任。現在、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)によるゲノム編集作物の開発やナショナルバイオリソースプロジェクトなど、多数のプロジェクトを率いている。

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プロフィール

松永和紀(まつながわき)氏

科学ジャーナリスト。
1989年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち独立。食品の安全性や生産技術、環境影響等を主な専門領域として、執筆や講演活動などを続けている。『メディア・バイアスあやしい健康情報とニセ科学』(光文社新書)で科学ジャーナリスト賞受賞。ほかに『効かない健康食品危ない自然・天然』(同)、『お母さんのための「食の安全」教室』(女子栄養大学出版部)など著書多数。

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お問合せ先

農林水産技術会議事務局研究企画課技術安全室

ダイヤルイン:03-3502-7408
FAX番号:03-3507-8794

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