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農林水産技術会議

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あなたの疑問に答えます(ゲノム編集食品の価値ってなんですか?)

第5回目は、ゲノム編集技術に期待できることについて解説します。なお、概要については、記事の最後に3つのポイントとしてまとめています。

疑問5  ゲノム編集食品の価値ってなんですか?

写真 写真左/明治大学  中島春紫教授
写真右/科学ジャーナリスト  松永和紀氏

おいしい発酵食品は、遺伝子変異のおかげ

松永
中島先生は微生物学が専門で、麹菌をご研究されていますね。
中島
麹菌は日本醸造学会が国の菌と認定している微生物です。室町時代にはすでに「種麹屋」があって、選抜した良い麹菌を生産し販売していました。今では麹菌のどの遺伝子によって特徴ある物質や酵素が作り出されるかがわかっています。私は麹菌の力を活かして重金属を吸着できる新素材を作れないか、と開発研究を進めています。
写真2018年に出版された『日本の伝統
  発酵の科学  微生物が生み出す
「旨さ」の秘密』(ブルーバックス)
松永
2018年には一般向けの書籍を出されました。味噌醤油や納豆からチーズやパン、各国の酒まで、微生物が持つ力を解説されています。これらの食品を作るため、私たちにとって好都合な遺伝子変異をした麹菌などの微生物を人がとても上手に利用してきたことがよくわかりました。さて、発酵食品と酒をこよなく愛する先生から見て、新技術であるゲノム編集は有用ですか?
中島
大きな可能性を持っていると思いますよ。微生物においては、狙った遺伝子を変異させる、というゲノム編集と同じような技術はかなり前に実用化されています。それにより微生物を用いた化学物質の大量生産などが容易になり役立っています。ゲノム編集技術が開発されたことで、微生物だけでなく植物や動物などでも品種改良が進むでしょう。

メリットは時間、コストの削減だけではない

松永
たしかに、従来の品種改良で数十年かかっていたものが1年から数年でできる、となれば時間やコストの削減に役立ちます。
中島
それだけではないのです。たとえば今、京都大学のチームが研究している肉厚マダイとかマッスルマダイなどと呼ばれているものについて考えてみましょう。これは、マダイのミオスタチン遺伝子をゲノム編集で変異させています。ミオスタチンという物質は筋肉細胞の増加や成長を止める役割を果たしており、この物質を作る遺伝子の働きを止めると筋肉が増えます。その結果、肉が分厚くなったタイができました。この開発は実は、牛の研究が元になっているんですよ。
写真左が肉厚マダイ。腹部にも身がついている
出典:京都大学/近畿大学提供
松永
牛と魚、どんな関係が?
写真肉厚マダイ(右)
出典:京都大学/近畿大学提供
中島
牛にベルジアンブルーと呼ばれる品種があります。もともとベルギーで通常の交配により開発された品種ですが、ミオスタチン遺伝子が変異した、つまり筋肉もりもりの牛が偶然見つかりました。その牛は肉が柔らかく、脂肪分が少ない。現在、ベルギーで飼育されている牛の9割が、ベルジアンブルーの血統だそうです。これをヒントに、マダイでもミオスタチン遺伝子を狙ってゲノム編集で働きを止めたそうです。そうしたら、同じように肉がしっかりついたマダイになりました。
松永
魚にも、牛と同じミオスタチン遺伝子があって同じメカニズムで肉がついている、というのは市民にとっては意外な話でしょう。その遺伝子を変異させたら、同じように肉付きが良くなった。
中島
日本の和牛でも自然にミオスタチン遺伝子が変異した個体は見つかるそうです。しかし、子ども、孫、と増やしていくのが難しい。お腹の子どもが大きくなるので難産になりやすいそうです。
松永
和牛は、ただでさえ体格が小さいから子が大きいとなおさら、ですね。魚の場合には卵からかえりますから、難産の心配が要らないです。

魚の品種改良はこれから進む

中島
魚の場合、私たちに都合よく遺伝子が突然変異していて、例えば肉付きが良くなっている魚を選抜できたとしても、その良い性質が子や孫に確実に引き継がれるようにするために、その後に何世代も交配を繰り返す必要があります。しかし、ゲノム編集では、狙った遺伝子のみを変異させた魚のオス、メスを同時に多数作ることができるため、従来のような多くの交配を必要とせず、ゲノム編集で得られた良い性質を子や孫に引き継ぐことができます。
松永
なるほど。これまで非常に難しかった魚の品種改良が、ゲノム編集で一気に突破口を開くのかも。
中島
現在は、おとなしいマグロの研究も進んでいます。マグロはとても敏感な魚で光などに驚いてパニックに陥り、生け簀の網に猛スピードでぶつかって死んでしまう個体が多いそうです。おとなしい個体は目の色の色素が薄く、光に鈍い。自然界ではこうした性質のマグロはおそらく淘汰されるでしょう。しかし、養殖であれば、おとなしいマグロも淘汰されずに生き続けられます。とはいえ、目の色の薄いおとなしいマグロを探して選び出し改良して新品種に仕上げる、というのは容易ではない。マグロのゲノムが解読されてどんな遺伝子があるかがわかってきた今だからこそ、関連する遺伝子をゲノム編集で変異させて改良し、生け簀で育てる、ということができるようになったのです。
写真出典:水産研究・教育機構 西海区水産研究所まぐろ増養殖研究センター、玄浩一郎センター長提供
松永
私たち日本人は多くの魚を自然の海から得て食べてきました。しかし、魚食が健康によいことも明らかになってきた今、世界中の人々が魚を食べるようになり、このままだと乱獲により水産資源が枯渇するのではないか、と心配されています。だから、養殖技術の開発と共に、養殖に適した品種作りが重要。ゲノム編集への期待は高まります。

食料増産、気候変動対策も急務

中島
地球上の人口はさらに増えて2100年ごろには110億人にまで達すると予想されており、食料増産は急務です。気候変動対策のための品種改良も必要です。打てる手はすべて打つ中で、ゲノム編集も品種改良の手立ての1つです。
写真毒性物質ソラニン類(ステロイドグリコアルカロイド)生合成の鍵となる酵素の遺伝子を、ゲノム編集技術で切断し壊したジャガイモ。通常のジャガイモは芽や緑色になった部分などに部分などにソラニン類を多く含むが、ゲノム編集により、ソラニン類含有量が1割以下となった。実用化までにはまだ研究が必要だが、ジャガイモのソラニン類による食中毒、健康被害は毎年起きており、研究進展に大きな期待が寄せられている。
写真提供:村中俊哉・大阪大学大学院工学研究科教授
松永
新技術は不安だ、という人がいるのも仕方がないことですが、こうした情報も伝えて科学的な思考を促してゆきたいです。
写真(筆者まとめ)  
中島
ゲノム編集に関する情報の中には、間違ったものも少なくないのです。たとえば、ゲノム編集でがんになる、と主張する人たちがいますが、それは学術論文の誤読が原因。論文は、がん細胞ではゲノム編集がうまくできた、という内容です。また、オフターゲット変異が予想以上に起きているとした論文は、後に研究内容に問題が多いとして取り下げられています。科学的に確かな情報で判断しないといけません。

適切な情報を提供する意味

松永
そのような論調は、遺伝子組換え技術と同じですね。遺伝子組換えトウモロコシを食べさせたラットにがんがたくさんできた、とフランスの研究者が論文発表したことがあります。しかし科学的根拠に乏しく、他の科学者や各国の政府機関、日本の食品安全委員会も異議を唱えました。最終的に、がんと遺伝子組換えトウモロコシとの因果関係は見つからず、論文は取り下げられました。しかし、非常にマイナーに雑誌に再掲載されたため、これを基に遺伝子組換えを批判する人はいまだにいます。
中島
そうした科学的でないネガティブキャンペーンにより、遺伝子組換えになにが起きたかというと、規制が厳しくなり、開発企業に対する要求レベルは高くなり、莫大な開発費用がかかるようになりました。その結果、今や国際的な大企業しか遺伝子組換え品種を開発できません。日本の科学者も研究しづらく、新しい品種の開発に貢献できなくなっています。遺伝子組換えについては商用化がはじまった当初、科学者による適切な情報提供が足りなかった、という問題があったと思います。ゲノム編集では遺伝子組換えの反省を活かし、科学者をはじめとする関係者からの適切な情報提供をいかに行うかが重要になるでしょう。

時間の影響をどう考えるのか

松永
ゲノム編集の科学については、第1~3回で奥崎文子・玉川大准教授に、4、5回で中島先生にお話をお聞きして、かなりのことがわかりました。ただし、私には1つ、大きな疑問が残っています。生き物の遺伝子と長年向き合って研究してきた中島先生にお聞きしたい。
中島
いいですよ。
松永
それは、時間の問題です。従来の品種改良で100年かかるものが、ゲノム編集では1年ぐらいでできるようになる。そのスピードアップはとても魅力的ですが、逆に考えると、1つの生物の多くの遺伝子をものすごい速さでどんどん、改変して行けるようになるかもしれない。1つ1つは従来の品種改良と同じだから安全、と判断しても、それが短時間で累積していった結果、思いもよらないモンスターになってしまった、というような可能性はありませんか?
中島
具体的な事例から考えてみましょう。キャベツとカリフラワーとブロッコリーは実は、同一の種に属します。4億年前に地上に植物が現れ多様になり、野生のカラシナも生まれました。そのカラシナが品種改良の積み重ねにより、キャベツやカリフラワー、ブロッコリーになっています。人類の最も長い友達と言われる犬も、祖先のオオカミから、チワワやセントバーナードまでさまざまな犬種が生み出されています。さて、カラシナから見てキャベツ、オオカミから見てチワワはモンスターでしょうか?という話です。
松永
品種改良の時間は人から見たら長いですが、生き物の進化の歴史の中では一瞬ですよね。
中島
その一瞬の間の品種改良で、とんでもないことは起きていません。ゲノム編集では、機能が明らかになっている遺伝子を改変し、そのつど安全性や実用性をチェックするわけですから、危ないものや不用なものは排除されます。微生物の世界でも、その一生は人から見ればごく短くて、新しい世代が次々に生まれ人の手で多くの遺伝子改変が行われていますが、思いもよらない微生物なんてできていません。人がきちんと管理しています。
松永
よくわかりました。ただし、科学的な理解とは別に、心情としてイヤだ、という気持ちもあります。消費者の心情を考慮し、ゲノム編集食品の表示を義務化して、消費者が選択するときに区別できるようにするべきだ、という要望は小さくありません。遺伝子組換えと同様の安全性審査が行われるものについては、遺伝子組換え食品として義務表示される予定です。一方、ゲノム編集で、自然にも起きる範疇の遺伝子変異が起きた食品については、第三者は従来の技術による品種と科学的な区別ができないとして、表示は義務化されませんでした。先生はどう思われますか?

ウソをつく人が得してはいけない

中島
表示を、という気持ちはわかりますよ。食品に書類を添付して「ゲノム編集である」とか「ない」とか保証するやり方も考えられます。でも、科学的な区別ができないので、表示を義務化すると混ぜ物をするようなウソが横行する可能性があります。
松永
たしかに、食品は生産から消費者が食べるまで、さまざまな関係者が関わります。どこかの段階で混ぜ物や書類の偽装が行われても、科学的に調べてわからないのでは行政は摘発できないし、川下の関係者もそのウソを見抜く手段はない。
中島
ウソをつく人が得をする、というルールを、社会は作ってはいけないんです。
松永
なるほど。人の心、社会のシステムの現実も踏まえて科学技術を利用してゆく必要がありますね。どうもありがとうございました。
写真

今回の概要

  • 魚の品種改良においても、ゲノム編集は非常に有用。
  • 食料危機、気候変動対策等、打つべき対策は打たなければならず、ゲノム編集もその手立ての一つ。
  • 科学的根拠に基づく適切な情報を基に判断することが重要。

プロフィール

中島春紫(なかじまはるし)氏

1960年生まれ。1989年、東京大学大学院農学系研究科博士課程修了。農学博士。東京工業大学助手、東京大学大学院農学生命科学研究科助教授などを経て2007年、明治大学農学部教授。パン酵母、有機溶媒耐性細菌、麹菌などを研究対象としている。現在は、食品安全委員会遺伝子組換え食品等専門調査会の座長も務める。

プロフィール

松永和紀(まつながわき)氏

科学ジャーナリスト。
1989年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち独立。食品の安全性や生産技術、環境影響等を主な専門領域として、執筆や講演活動などを続けている。『メディア・バイアスあやしい健康情報とニセ科学』(光文社新書)で科学ジャーナリスト賞受賞。ほかに『効かない健康食品危ない自然・天然』(同)、『お母さんのための「食の安全」教室』(女子栄養大学出版部)など著書多数。

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お問合せ先

農林水産技術会議事務局研究企画課技術安全室

ダイヤルイン:03-3502-7408
FAX番号:03-3507-8794

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