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農林水産技術会議

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あなたの疑問に答えます(なぜ、安全性審査がないのですか?)

第4回目は、ゲノム編集技術に関する行政上の取扱いを掘り下げて解説します。なお、概要については、記事の最後に3つのポイントとしてまとめています。

疑問4  なぜ、安全性審査がないのですか?

写真 写真左/明治大学  中島春紫教授
写真右/科学ジャーナリスト  松永和紀氏

消費者団体などの意見も聞き審議

松永
中島春紫先生は微生物の専門家です。生き物の遺伝子をあつかう利点やリスクを熟知されています。ゲノム編集食品の規制については、厚生労働省の審議会に設置された調査会等で委員として議論をリードされました。私たちの社会は、この新技術とどのように付き合うべきなのか、2回にわたってご意見をおうかがいします。
中島
ゲノム編集食品に関しての市民の関心事はなんといっても安全をどのように守るのか、ということでしょう。安全性は、人が食べた時に安全か、ということと、栽培や飼育、加工や運搬などする時にほかの生物に対して安全か、という2つの面からの検討が必要です。私は、人が食べた時の安全性について、所管する厚生労働省で検討に携わりました。
松永
審議会で議論したのですね。
中島
厚生労働省の薬事・食品衛生審議会に設置されている遺伝子組換え食品等調査会で4回、その上の新開発食品調査部会で4回、審議しています。消費者団体や農業者団体の方も含めさまざまな方々から意見もお聞きし、パブリックコメントも経て報告書がまとまりました。それを受けて厚生労働省が食品衛生上の取扱いを決定しました。
松永
並行して生物多様性影響の観点からは環境省が方向性を決定し、農林水産省が詳細な手続きを定めて2019年10月からそろって運用が始まっています。また、消費者庁では、表示のあり方について9月に方針をまとめ、公表しています。
写真

安全性は従来食品と同等、という意味は…

中島
食品の安全性を考える際の重要なポイントは、従来の食品との比較で考える、ということです。従来の食品、というのは自然界での突然変異や人為的な(化学物質・放射線等を用いた)突然変異、また交配(かけあわせ)といった、従来の品種改良技術により作られた作物やそれをもとにして作られた食品のことです。ゲノム編集食品の安全性は、私たちに食経験があるこれらの食品と比較をするという考え方です。
松永
そのあたりが、普通の人にはわかりにくい。従来食品との比較ってどういう意味?ゲノム編集食品はリスクがない、安全だ、と証明されたわけではないの?だったら1つずつ安全性審査をしてくれないと、と思ってしまいます。
中島
食品は、なんの手も加えない自然のものでも従来の品種改良によるものでも毒性物質や発がん物質などを普通に含み、また、よい栄養成分であっても過剰に含んでいれば体には悪影響をもたらします。つまり、食品は完全にリスクゼロ、ということはありません。そこで、ゲノム編集食品の安全性も、リスクがゼロか、ではなく、これまでの食品との比較で考えた、ということです。まず、ゲノム編集技術を図のように3つのタイプに整理しました。タイプ1とタイプ2の一部、すなわち自然界や従来の品種改良でも起こり得るような遺伝子変異が生じているものは、安全性もそれらと同程度と考えられます。そのため、遺伝子組換え食品としての安全性審査は必要ないというルールになりました。
写真ゲノム編集食品の分類。タイプ1は届出制となり、タイプ2と3のうち、最終
的に外来の遺伝子が入っているなど従来の品種改良では起こりえない変化が
起きているものは遺伝子組換え食品としての安全性審査が必要、と整理され
た。タイプ2と3はまだ、品種改良の技術として実用化の目処がたっていない。
出典:厚生労働省資料

事前相談、詳細な情報の届出が必要

松永
従来の品種改良は、まずはいろいろなところのDNAを切ったりつないだりミックスしたりして遺伝子を変異させ、その後に目的外の遺伝子変異は取り除いて目的とする遺伝子変異のみを残す、というやり方です。これに対して、ゲノム編集は原則として、標的の遺伝子のみを変異させる。
中島
過程は違っても、最終的に遺伝子が変異するのは同じです。従来の品種改良による食品は安全性審査がありませんから、タイプ1も審査は不要です。ただし、開発事業者から詳しい情報を届け出てもらうことになりました。一方、タイプ2と3で、最終的に外来の遺伝子が入っているなど従来の品種改良では起こりえない変化が起きているものについては、遺伝子組換え食品と同じように食品安全委員会による安全性審査が必要、という制度となりました。
写真 出典:厚生労働省・ゲノム編集技術応用食品及び添加物の食品衛生上の取扱要領を基に作成
中島
ゲノム編集食品になり得るものとしては、植物のほか家畜、魚、微生物などを想定しています。また、ゲノム編集技術によって得られた生物を用いて製造される添加物についても、同様の内容を規定しています。添加物を製造するのに用いられるのは主に微生物ですので、ゲノム編集した微生物で添加物を製造する場合、微生物の情報を厚生労働省に届けたり、安全性審査を受けたりする必要がある、ということです。
松永
制度でもう一つ特徴的なのは、事前相談の仕組みが設けられたことです。厚生労働省は、「届出に該当するのか、安全性審査が必要なものなのかを確認するために、開発事業者から事前相談を受け付け、必要に応じて薬事・食品衛生審議会の調査会で確認審議のうえで結果を回答する」としています。タイプ2のうち、自然界で起こりうる変化の範疇に入るものは届出制となりますが、このあたりの判断も専門家がしっかり行うということですね。
写真 出典:厚生労働省資料

100年かけて作るか1半年で作るか

中島
しばらくは、遺伝子組換え食品等調査会の専門家が、事前相談や届出書類の内容を非常に厳しく検討することになるでしょう。
松永
とはいえ、事前相談も届出も法的に義務づけられたものではなく任意のものです。厚生労働省は市民団体やメディアから、なぜ届出や安全性審査を義務化しないのか、とかなり批判されました。
中島
タイプ1とタイプ2の一部のゲノム編集食品は、従来の品種改良法を用いても時間をかけて改良してゆけばいつかはできるものです。辛抱強くやって100年ぐらいかかるかもしれないものが、ゲノム編集だと1半年ぐらいでできる。そうやってできた品種を分析しても、ゲノム編集技術によるものか、そうでない従来法によるものか、区別はできない。私は、「こうしたゲノム編集食品の安全性は、これまでの食品と同等ですよ」と国の意見交換会でもテレビのニュース番組でも説明しています。
写真 タイプ1のゲノム編集食品は、従来の品種改良法を用いてもいつかはできるもの、と語る中島教授

届出制となった理由

松永
安全性が同等であるなら、ゲノム編集技術を用いた開発者だけが届出を義務づけられ審査があり、交配や突然変異の技術を用いた開発者にはなにもない、ということ事になると公平ではありませんね。開発者の公平性を担保するのも、健全な技術発展においては重要です。
中島
調査会の報告書では、届出制について「開発した食品が従来の育種技術を利用して得られた食品と同等の安全性を有すると考えられることの確認とともに、今後の状況の把握等を行うため、当該食品に係る情報の提供を求め、企業秘密に配慮しつつ、一定の情報を公表する仕組みをつくることが適当」と位置づけました。できる限り情報を収集把握しておき、万一、何か問題が起きたら、即座に対応できる体制を整えておく、ということだと思います。
松永
万一、何か問題が……、だなんて言われると市民は、やっぱりゲノム編集技術は危ないんだ、と受け止めますよ。
中島
いや、そうではありません。たとえば、天然のナタネ油は日本では古は食用とされてきましたが、欧米では2種の毒性物質の懸念があるとされて受け入れられていませんでした。その後、1970年代に毒性物質が少ないキャノーラ品種が開発されて、やっと食用油として定着しています。日本では、今でこそキャノーラ品種のナタネ油に切り替わっていますが、古くはから、毒性物質を知らずに食べていたのです。従来の食品だって、そうした問題をさまざま抱えている。そう考えると新技術だって、今後なにか起きる可能性はゼロではない。技術がさらに進化してゆけば、今まで分からなかったことが新たに見つかるかもしれません。したがって、新技術はトレースできるようにしておくのが重要なのだと思います。
松永
つまり、新技術については、社会に導入する際に責任の明確化を図り、なにかあったら対応し原因もすばやく追及する、という態勢を整えておく、ということでしょうか。多くの人は、新技術、人工的なものに対する警戒感が非常に強いのですが、「だから使わない」となっては技術の進歩も人類の発展もありませんから、そうやって準備しておく。厚生労働省は事前相談や届出の内容を説明する取扱要領という通知の中で「本通知に従わない事実が確認された場合にあっては、経緯等を確認の上、食品衛生法その他の法令にも照らし合わせつつその旨も当該開発者等の情報と共に公表する場合がある」と明記しています。私は事前相談、届出制は相当に厳しいものであり、当面は事実上、審査が行われるようなものだ、と受け止めています。
中島
従来の食品にもリスクがあることを市民に理解してもらいたいし、新技術とどう向き合えば良いのか、市民にも深く考えてもらいたい。科学者も説明に努力し続けなければなりません。ジャーナリストの方々にも頑張ってもらわないと。

作物は、環境中で勝手に繁茂はできない

松永
ゲノム編集技術を利用した品種改良の取扱いは、環境中でのほかの生物に対する安全性、すなわち生物多様性への影響についても検討されました。ゲノム編集をした後に外来の遺伝子などがある場合は遺伝子組換え生物に該当し審査が必要で、ない場合には農林水産省、環境省へ情報提供するように定められました。
写真 出典:農林水産省
中島
たとえば作物は、味を良くしたり栽培しやすくしたり、品種改良を積み重ねてきています。畑で肥料をやって大切にしないと育ちません。つまり甘やかし人が管理しないと生きられない。自然の植物、雑草に混じって生育し繁茂し、自然の植物を駆逐するような力は通常ないのが作物です。一方、魚はこれまで品種改良が進んでこなかったので、ゲノム編集した後の自然界への影響を作物よりもっと厳しく検討する必要があります。もちろん、届出制で、と判断される魚の安全性に問題が出てくるとは思いませんが、魚をゲノム編集している科学者たちは、人が管理できる養殖での利用を考えています。養殖において、ゲノム編集は画期的な技術なんですよ。
松永
なぜ、魚の品種改良は進まなかったのか、養殖がどう変わるのか、とても興味があります。次回は、ゲノム編集によってどのような食品が開発されつつあるのか、社会にどのような意味を持つのか、解説していただきます。

今回の概要

  • 従来の品種改良法を用いても時間をかけて改良してゆけばいつかはできるタイプのゲノム編集食品は、開発事業者による届出制となる。
  • 食べる場合の安全性、環境に対する安全性の両面から、規制が講じられる。
  • ゲノム編集食品の安全性は、リスクゼロを求めるのではなく、従来の食品との比較により行われる。

プロフィール

中島春紫(なかじまはるし)氏

1960年生まれ。1989年、東京大学大学院農学系研究科博士課程修了。農学博士。東京工業大学助手、東京大学大学院農学生命科学研究科助教授などを経て2007年、明治大学農学部教授。パン酵母、有機溶媒耐性細菌、麹菌などを研究対象としている。現在は、食品安全委員会遺伝子組換え食品等専門調査会の座長も務める。

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プロフィール

松永和紀(まつながわき)氏

科学ジャーナリスト。
1989年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち独立。食品の安全性や生産技術、環境影響等を主な専門領域として、執筆や講演活動などを続けている。『メディア・バイアスあやしい健康情報とニセ科学』(光文社新書)で科学ジャーナリスト賞受賞。ほかに『効かない健康食品危ない自然・天然』(同)、『お母さんのための「食の安全」教室』(女子栄養大学出版部)など著書多数。

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お問合せ先

農林水産技術会議事務局研究企画課技術安全室

ダイヤルイン:03-3502-7408
FAX番号:03-3507-8794

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