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農林水産技術会議

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あなたの疑問に答えます

第3回目は、オフターゲット変異について解説します。なお、概要については、記事の最後に3つのポイントとしてまとめています。

疑問3  オフターゲット変異が起きるから危険、なのですか?

写真 写真左/玉川大学 奥崎文子 准教授
写真右/科学ジャーナリスト 松永和紀氏

1兆分の1の確率で存在する塩基配列を狙う

松永
ゲノム編集食品の安全性に関して、よく聞くのが「オフターゲット変異によって思いもよらぬことが起きるかも。だから、ゲノム編集を許してはならない」という主張です。オフターゲット変異とは、どういうものですか?
奥崎
オフターゲット変異をしっかりと理解していただくには、もう少し詳しくゲノム編集技術を説明しないといけません。第1回や第2回でご説明したとおり、ゲノム編集ではゲノムの狙ったところを切断などして遺伝子を変異させます。現在よく使われるCRISPR/Cas9というシステムでは、CRISPR(クリスパー)がゲノム上の狙った部位にくっついて、ハサミ役のCas9がその先を切断し、遺伝子を変異させます。
松永
そこまではよくわかりました。
奥崎
通常、1つの遺伝子は数百から数千の塩基対で構成されているのですが、CRISPRはその中でも特定の20塩基にくっつくように設計されています。さて、CRISPRが狙う20塩基の配列ってどれくらいの確率でゲノム上に存在するかわかりますか?
写真
出典:農林水産省リーフレット「ゲノム編集~新しい育種技術」
松永
塩基はA、T、G、Cの4種類ありますから、4分の1の確率で存在するものが20個連続するなら……。4分の1の20乗、つまり1兆分の1よりも低い確率で存在する配列を狙える、ということですね。
奥崎
そうです。1兆分の1の確率で存在する配列にくっついて、その先をハサミが切る。これが、ゲノムの狙ったところ、特定のところを切る、という意味なのです。でも、20塩基中1塩基とか2塩基が違う、という程度のよく似た塩基配列があると、間違ってくっつき、その先のDNAを切って変異させる場合がある。それがオフターゲット変異です。

他のところをどこでも切る、というわけではない

松永
ターゲットとしていなかったところ、つまりオフターゲットを変異させる、ということですね。たしかに、知らない間にゲノムの別の部位を変えているかも、と考えると、怖くなる。
奥崎
ただし、世間に誤解が拡がっているのが気になります。オフターゲット変異として、間違って他のところを切る、という情報だけが伝わっています。他のどこでもを切る、というわけではありません。そうではなく、その生物のゲノムの中に20塩基中1塩基や2塩基だけ違うという塩基配列があれば、という話なのです。
松永
1つの生物のゲノムの中に、20塩基中1塩基や2塩基だけ違うよく似た配列が別にある、という確率は先ほどの計算を例に考えても相当に低い。でも、そういう細かな情報は省かれてしまって、オフターゲット変異という言葉だけが一人歩きしているように思えます。
写真 ゲノム編集した後の生育個体を見せていただく
奥崎
同感です。しかも、よく似た配列が仮にあったとしても必ずオフターゲット変異が起きるわけではありません。私たちの研究の成果をご紹介しましょう。ゲノムの塩基配列がほぼわかっている植物を用いてゲノム編集を計画し、CRISPR/Cas9がくっついて切るところ、つまりターゲットを決めました。くっつく20塩基分の配列とまったく同じ配列はターゲット以外のところにはなく、1塩基だけが違うというところが2カ所あることを確認しました。そのうえで、ゲノム編集を行ったところ、ターゲットはきちんと切れていましたが、1塩基だけが異なる2カ所は切れていませんでした。つまり、オフターゲット変異は起きていませんでした。他の研究チームの報告でも、選ぶ20塩基によってオフターゲット変異が低い割合で起きることもあれば、全く起きないこともあります。

ゲノム解読済みの生物種なら、事前に調べられる

松永
つまり、オフターゲット変異が起きる可能性がゼロです、とは言えないわけですね。さまざまな作物、さまざまな遺伝子をゲノム編集していれば、いつか、目的以外のところを切ってしまって思いがけない毒性物質を作る植物が知らない間にできていた、というような事態が起こりうるかも、と考えます。
奥崎
しかし、オフターゲット変異を防ぐ策がいくつかあるのです。ゲノム情報が解読されている生物をゲノム編集する場合には、ゲノムの中に、狙った部位の塩基配列と同じ配列や似た配列がないか事前に調べます。同じ配列が別の遺伝子にある場合は、その配列を用いたゲノム編集は断念します。似た配列がある場合には、ゲノム編集をした後にも調べて、似た配列のところでは切れていない、変異していない、ということを確認したうえで商用化に踏み切る、という流れになります。
松永
でも、事前と事後にしっかり調べられるのは、ゲノムの解読が済んで遺伝情報がよくわかっている生物だけですよ。それは、どれぐらいあるのですか?
奥崎
作物だと、イネや大豆、トマトやダイコン、サツマイモ、イチゴなど40種ぐらいは解読されています。これらはゲノム編集後、よく似た塩基配列のところで望まない変異が起きていないか、ということはおおよそ、調べることができます。

オフターゲット変異を取り除く

松永
では、ゲノム解読が進んでいない作物のゲノム編集は、どうなりますか?
奥崎
オフターゲット変異は起こりうる、という前提で行います。ただし、よく考えてほしいのですが、狙っていないところの塩基配列にも変異が起きているかも、というのは、ゲノム編集に限ったことではなく、これまでの品種改良でできた作物でも同じことなのです。
松永
つまりは、こういうことですか?おしべとめしべを掛け合わせる交配だって、知らないままDNAを切ったりつないだりミックスしたりしている。あるいは、放射線や化学物質等にさらして突然変異を起こさせる品種改良は、ゲノムのいろいろなところを知らないうちにおそらく切っている。したがって、これらでも実は、ゲノム編集で言うところのオフターゲット変異が起きているのではないか?
奥崎
はい。でも、従来の品種改良では食用としての問題は起きていませんよね。第1回で説明したように、目的外の変異を取り除くため、元の品種をさらに掛け合わせる戻し交配や選抜を行って、好ましい変異だけを持つ作物にしています。ゲノム編集の場合も、戻し交配や選抜の工程が入ります。その結果、ゲノム編集でたとえオフターゲット変異が起きたとしても、従来の品種改良法と同じように取り除けている可能性が高い、と考えられています。
写真細胞にゲノム編集を施した後に培地でしばらく育てていると、芽が出て
葉や茎のある植物体になる。こうした段階でも、目的外に変異した個体は
除去され、良い個体だけが選抜されていく
松永
取り除けている可能性が高い、という言い方が微妙なんです。わかりにくい。リスクはゼロではないのか?と思ってしまう。それに比べ、オフターゲット変異のリスクがあるからゲノム編集を実用化してはならない、という主張の方が、わかりやすい。
奥崎
科学者としては科学的な説明を丁寧に繰り返すしかありません。
松永
こう言い換えることもできますね。オフターゲット変異が起こり得るからゲノム編集はダメだ、という理屈は、つまりこれまでの品種改良もダメだ、ということになる。品種改良の過程では、ゲノム編集に限らず目的外の遺伝子変異はあり得るけど、そういったものは取り除かれる。ゲノム編集だけダメだ、というのは変ですよね。

医療における技術利用と混同しないでほしい

奥崎
もう1点注意したいのは、品種改良におけるオフターゲット変異と医療におけるオフターゲット変異を混同しないでほしい、ということです。
松永
医療分野との違いって何でしょうか。
奥崎
医療ではたとえば、CRISPR/Cas9の仕組みを直接、患者の体内に入れる、というような治療も検討されています。狙ってもいない大切な遺伝子を一度でも間違えて切ってしまったら大問題です。でも、品種改良は違います。ゲノム編集した後に多くの段階を経て目的外の変異は取り除かれて初めて、新しい品種になります。そのことをわかってほしいです。
松永
ゲノム編集に対する誤解の背景には、これまでの品種改良においてどのように遺伝子が変わってきたのか、作業がいかに複雑で大変かがまったく知られていない、という問題があるように思います。
奥崎
たとえば、ということでトウモロコシを考えてみましょうか。トウモロコシの原種はテオシントというものではないか、と考えられています。今も中央アメリカで生えていますが、その穂は長さが5センチぐらいしかありません。それが少しずつ遺伝的変異を繰り返し、人に選ばれ続けて何千年もかけて、長さ20センチぐらいのトウモロコシになりました。私たちの食料は、遺伝子の変化を積極的に取り入れてきたからこそ、今のような豊かなものになっています。ゲノム編集だとさらに効率よく、遺伝子を変えてゆける。その価値も認めてほしいなあ、と思います。
写真左がテオシントの実で右が現在のトウモロコシ。中間にあるのは、
両者を交配させてできた実。写真提供:John Doebley,
Department of Genetics, University of Wisconsin–Madison
松永
簡単に効率良く変えてゆける。そんな威力のある新技術だからこそ、一般の人たちは怖くなる、という面もありますよ。
奥崎
画期的な技術なので、非常に詳しくいろいろな角度から調べられています。世界中で、CRISPR/Cas9法を改良し、オフターゲット変異を低減させるための研究が続いています。さらに、CRISPR/Cas9を応用し、DNAを切らずに塩基を置き換える技術の開発も急速に進んでいます。

誠実だからこそ、リスクゼロとは言わない

松永
科学者は誠実であればあるほど、「オフターゲット変異が起きる可能性はゼロです」とか「リスクはありません」というようなことは言わない。「リスクはあるけれども対策を講じています」と説明します。でも、前半の「リスクはあるけれども」というところで、聞いている人たちは引っかかって、新技術に恐れを抱く人が出てきてしまう。皮肉な話です。本当は、古い技術も同じようにリスクはゼロではないけど、人類はうまく制御しながら使ってきた。それに比べれば、新技術ははるかによく調べられリスクも管理されるようになってきています。
奥崎
科学者の倫理として、十分に調べて安全で魅力的な作物を作ってゆこうと努力しています。不安を抱く方たちの中には、今までDNAや遺伝子の話を詳しく聞いていないから不安を持っている方もいるでしょうし、学生時代に学んだり自分で調べたりして知っている部分があるからこそ心配になる、という人もいるでしょう。私たち科学者は、基本的な部分から応用の部分まで幅広い説明ができるよう力を尽くしてゆきますので、もう少し関心を持っていただければよいなあ、と願っています。
松永
3回にわたって詳しくご説明いただきました。どうもありがとうございました。
写真

今回の概要

  • オフターゲット変異のリスクはゼロではないが、対策が講じられている。
  • 従来の品種改良でも、ゲノム編集でのオフターゲット変異に相当する遺伝子変異が起きていると考えられるが、ゲノム編集と同様の工程で取り除かれる。
  • ゲノム編集技術の医療応用と食品における品種改良への応用は別のもの。混同すべきではない。

プロフィール

奥崎文子(おくざきあやこ)氏

玉川大学  准教授。
東北大学大学院  応用生命科学専攻にて博士(農学)を取得(2007年)。日本学術振興会特別研究員(DC2、東北大院)、農業生物資源研究所  特別研究員、日本学術振興会海外特別研究員(フンボルト大学)を経て2015年から現職。植物の遺伝子組換え、葉緑体形質転換技術の改良や遺伝子機能解析に携わってきた。現在はアブラナ科植物のゲノム編集を中心にバイテク技術を利用した植物育種に取り組んでいる。

プロフィール

松永和紀(まつながわき)氏

科学ジャーナリスト。
1989年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち独立。食品の安全性や生産技術、環境影響等を主な専門領域として、執筆や講演活動などを続けている。『メディア・バイアスあやしい健康情報とニセ科学』(光文社新書)で科学ジャーナリスト賞受賞。ほかに『効かない健康食品危ない自然・天然』(同)、『お母さんのための「食の安全」教室』(女子栄養大学出版部)など著書多数。

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お問合せ先

農林水産技術会議事務局研究企画課技術安全室

ダイヤルイン:03-3502-7408
FAX番号:03-3507-8794

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