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農林水産技術会議

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あなたの疑問に答えます(ゲノム編集食品の安全性、どう考える?)

第2回目は、ゲノム編集技術により作られた食品の安全性等について解説します。なお、概要については、記事の最後に3つのポイントとしてまとめています。

疑問2  ゲノム編集食品の安全性、どう考える?

写真 実験室で話を聞く
写真左/玉川大学 奥崎文子 准教授
写真右/科学ジャーナリスト 松永和紀氏

制度が複雑でわからない……

松永
前回に引き続き、玉川大学の奥崎文子先生にお話をお聞きします。「遺伝子組換えは外から新たな遺伝子を挿入する技術で、ゲノム編集はゲノムの特定の位置のDNAを切断する技術だ」ということをお聞きしました。でも、国の資料を見ると、ゲノム編集の中には、外来遺伝子を導入するものもある、と書かれています。そして、一部のゲノム編集食品は安全性審査がないし、一部は遺伝子組換えと同じように審査を行うともある。「どういうことなの?  安全なの?  安全でないの?  もう、わけがわからない」というのが、多くの消費者・市民の気持ちだと思います。
奥崎
たしかに複雑ですよね。少し整理してみましょう。まず、前提として従来の交配や突然変異誘発による品種改良でできた作物は、自然に起き得る変化を持つものとされ、国による安全性審査はありません。これらは、事業者の責任で安全性が担保されています。
松永
化学物質や放射線によりDNAを切り突然変異を起こさせて作った新しい品種はさまざま店頭にあり、国は審査していないけれども、これまで問題は起きたことがない。この事実は、市民の方々にはほとんど知られていません。
奥崎
次に、ゲノム編集食品についてですが、3つのタイプに分かれていて少しずつ審査基準が違っています。
タイプ1は前回説明したとおり、DNAの狙った部位を切った後は自然にお任せ
で、塩基が欠けたり数塩基が置き換わったり挿入されたりして変異が起きたものです。
切るところを決めて切っただけで、その後に起きる現象は自然界の変化の範囲なので、厚生労働省は「従来の食品と同等の安全性を有する」として審査は必要ない、と決めました。しかし、開発事業者に届出を求め、品種改良の過程を国が把握するようにしました。
写真
出典:「薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会新開発食品調査部会  報告書(案)  ゲノム編集技術を利用して得られた食品等の食品衛生上の取扱いについて」に係る御意見について
厚生労働省作成。ゲノム編集技術には3タイプあり、外来遺伝子が組み込まれるものは安全性審査が必要であることなどが説明されている。
松永
では、タイプ2、タイプ3は?  上記の厚生労働省の報告書の図は複雑で、多くの人が理解できないのです。
奥崎
まず、タイプ2は、ゲノムの特定の部位を切断する酵素などを細胞中に入れる時に一緒にごく短いDNAの鋳型(お手本となる配列)も入れ込んでおき、切断した切り口が鋳型どおりの塩基配列の並び順に直されるようにするものです。タイプ3はタイプ2と似ていますが、ゲノムの特定の部位を切断する酵素などと一緒に外来の遺伝子にあたる長いDNAを入れるケースです。厚生労働省は、「外来遺伝子及びその一部が除去されていないもの」については遺伝子組換え技術を用いた食品と同様の安全性評価が必要、と位置づけました。

実用化に近づいているのはタイプ1

松永
今、作物で商用栽培に向けて動いているのはタイプ1のものばかりです。
写真 農研機構で開発中のゲノム編集イネ。イネのもみ数・粒サイズに関わる遺伝子を改変し収量の著しい増加を目指している。タイプ1に該当する。
(2019年7月、中干し期間中に撮影)
奥崎
タイプ2、タイプ3は実は植物においては技術的に難しい部分があって、まだ開発途上です。CRISPR/Cas9(クリスパーキャスナイン)を入れてゲノムの特定の部位を切ってあとは自然にお任せ、というタイプ1は、比較的簡単にできるようになりました。でも、タイプ2のように切った後に鋳型のDNA通りに修復させたり、タイプ3のように外から新たに遺伝子を入れ込んだりするには、ハサミと一緒に鋳型DNAや遺伝子も細胞中に送り込んで、特定の位置まで持ってこないといけない。これが少し難しいのです。それに加えて、ゲノムを切った後にうまい具合に鋳型のDNAや新たな遺伝子をつなぐには、整えるべき細かな条件がいろいろあります。ゲノム編集技術をさらに改良している段階なので、作物の品種改良におけるタイプ2、タイプ3の実用化は、もう少し先になるのではないか、という見方が有力です。
松永
まだハードルが相当に高いのですね。
奥崎
将来的にはタイプ2、タイプ3の方法でできたゲノム編集食品が実用化されるかもしれませんので、国は今、考え方を整理した、ということだと思います。

ヌルセグリガントを理解する

松永
では、実用化までに時間がかかるタイプ2、3はちょっと横へ置いておきましょう。ならば、タイプ1であれば安全なのか?二つの疑問が挙げられています。ヌルセグリガントとオフターゲット変異です。そんな一度も聞いたことがないような言葉が出てくると、だれでも面倒だなあとか、怖いなあ、などと、思ってしまうでしょう。
奥崎
たしかに、これもわかりづらいですね。ヌルセグリガントは、主に植物に関係する言葉で、遺伝子組換えも関わってくるので、こちらから説明しましょう。動物細胞をゲノム編集する場合、細胞壁がないので、CRISPR(DNAの狙った部位にくっつくRNA)とCas9(DNAを切るハサミの役割を果たす酵素)とを、細胞膜を通してダイレクトに入れることができます。でも、植物細胞では細胞壁が邪魔になり、これらをそのまま入れるのは容易ではありません。そこで、いったん遺伝子組換えの手法でCRISPRとCas9のそれぞれの遺伝子をゲノムに入れ込み、植物細胞内でCRISPR/Cas9を作らせるようにするのです。
写真
松永
ずいぶんと複雑なことをしなければならないのですね。
奥崎
そうすると、細胞内でできたCRISPR/Cas9が狙った部位に行きDNAを切って塩基配列に変異が生じます。
CRISPR/Cas9は役目を終えたら必要ないので、CRISPR/Cas9を作るために入れた遺伝子は後から除去します。
松永
具体的にはどうやって取り除くのですか?
奥崎
次の世代を作れば、自然に取り除くことができますよ。ゲノム編集が成功した植物を育てて種子を採取すると、この種子は、ゲノム編集の次世代、ということになります。いわゆるメンデルの法則にしたがって、CRISPR/Cas9が受け継がれない個体が4分の1の確率で出てきます。これがヌルセグリガント。ヌルというのは「何もない」、セグリガントは「分離」という意味です。後代で得られたものの中から、CRISPR/Cas9の遺伝子は無くなっているけれども、ゲノム編集により変化した塩基配列はしっかりと受け継がれている、というものを選べばよいのです。
写真 出典:農林水産省作成
松永
つまり、遺伝子組換えになるのは一時的だ、ということ。通常の遺伝子組換え作物の場合には、その作物が持っていない特別な働きをする遺伝子を新たに導入してそのままにし、末永く働くようにする。一方、ゲノム編集技術では、外来遺伝子は用が済んだらさっさと取り除いてしまう。
奥崎
その通りです。ゲノム編集作物を商用化する際には、CRISPR/Cas9の遺伝子が残っていないことはしっかりと調べます。そのための手法も複数あります。確認する費用は少しはかかりますがそう高いものではないので、開発者は必ず確認しますよ。厚生労働省の届出の際にも、外来遺伝子が残っていないことを確認し、必ず報告しなければなりません。

複雑な工程を経るが、変わるのは遺伝子1つ

松永
結局、いろいろ複雑な工程を経ていても、最終的にはゲノム編集食品と編集前の元の食品の違いは遺伝子1つです。一般の人はどうしても、複雑な工程を経ているからなにか起きているに決まっている、と思ってしまうのですが、そんなことはないし、そうならないように調べている。奥崎先生は、油をとるナタネでゲノム編集を行って2018年に学術論文を出されていますが、ヌルセグリガントの検証は実際行っているのでしょうか。
奥崎
キャノーラ油の原料として用いられるセイヨウナタネの種子をゲノム編集して、体に良いとされるオレイン酸の含有量を多くできないか、と試みました。ゲノム編集の結果、オレイン酸の含量は増えましたし、CRISPR/Cas9の遺伝子等をしっかりと取り除けてヌルセグリガントになっていることも共同研究者と一緒に確認しました。
松永
最近では多くの研究者が、植物で遺伝子組換え技術を使わずにゲノム編集を行う方法を研究しているとか。
奥崎
たとえば農研機構では、小さな金の粒にDNAを付けて植物に撃ち込むiPB(in planta Particle Bombardment)法を開発して2017年に論文発表しています。この技術を応用してDNAを切る酵素自体も入れられないか研究中だそうです。また、国内の大学や他の研究機関でもさまざまな手法が開発されているところです。
写真 農研機構が開発したiPB法の概要。DNAやRNA、タンパク質などを金粒子(図の中では、▼であらわされている)にコーティングし、植物の茎の先の第2層(L2Layer)に直接撃ち込みゲノム編集を行う。この技術を活用し、遺伝子組換えや細胞培養をせずにゲノム編集できれば、品種改良のスピードが劇的に速くなる可能性がある。(イラストの出典:農研機構HP)

遺伝子組換え食品は安全性審査後、承認されている

松永
遺伝子組換え技術は、消費者に受け入れられているとは言えません。ゲノム編集と遺伝子組換えの混同は、なんとか防ぎたいものです。
奥崎
それでも、遺伝子組換えでしかできない画期的な品種改良もありますよ。たとえば、ハワイのパパイヤはウイルス病が流行って壊滅的な被害を受けたのですが、遺伝子組換えによってこのウイルスに抵抗性を持つ品種が開発され1998年から種子の無料配布が始まりました。今、ハワイへ行くとパパイヤをおいしく味わえますが、その多くは遺伝子組換えパパイヤです。日本では、遺伝子組換え食品は、内閣府食品安全委員会や厚生労働省、農林水産省、環境省の厳正な審査により、食品としての安全性や環境影響等を調べられ、問題がないとされたものだけが流通しています。遺伝子組換えパパイヤも承認されています。
松永
遺伝子組換え食品は、商用栽培がはじまった1990年代に科学的に適切な情報が国や科学者などからうまく発信されず、市民・消費者に伝わりませんでした。初期のコミュニケーションの悪さが今も尾を引いていて、誤解の解消につながりにくいのかなあ、などと思ったりします。
写真
奥崎
外からほかの生物の遺伝子を入れるなんて不自然だ、と受け止められていますね。でも、面白いことがわかってきたのです。さつまいものゲノムを解析したところ、遺伝子組換えでも用いるアグロバクテリウムという微生物のDNAの一部がそのまま、入っていることがわかりました。大昔、サツマイモにアグロバクテリウムが感染して入り込み、そのまま残っているのだろう、と考えられています。国際的な学術誌Nature plantsはこの研究報告を「サツマイモは、自然の遺伝子組換え作物だった」という見出しでニュースにしました。また、植物が持っている葉緑体の遺伝子が藍藻(らんそう)の遺伝子とよく似ていることから、これもはるか大昔に、藍藻が植物に共生して植物内に入り込んだ結果と考えられています。
松永
自然というのは奥深いですね。簡単にこれは自然であれは不自然、などと整理できない。それはさておき、ゲノム編集の安全性については、もう一つ、おうかがいしなければなりません。オフターゲット変異です。これは大きな注目を浴びており、市民団体などの多くは、オフターゲット変異を理由にゲノム編集食品に懸念を示しています。次回、これについてじっくりおうかがいします。

今回の概要

  • 実用化が近づくゲノム編集食品タイプ1は、従来の食品と同等に安全と評価された。
  • タイプ2、3は技術的に難しく、まだ開発途上。
  • 作物における一般的なゲノム編集では、一時的に遺伝子組換え作物となるが、組換えられた遺伝子は最終的には除去される。

プロフィール

奥崎文子(おくざきあやこ)氏

玉川大学  准教授。
東北大学大学院  応用生命科学専攻にて博士(農学)を取得(2007年)。日本学術振興会特別研究員(DC2、東北大院)、農業生物資源研究所  特別研究員、日本学術振興会海外特別研究員(フンボルト大学)を経て2015年から現職。植物の遺伝子組換え、葉緑体形質転換技術の改良や遺伝子機能解析に携わってきた。現在はアブラナ科植物のゲノム編集を中心にバイテク技術を利用した植物育種に取り組んでいる。

プロフィール

松永和紀(まつながわき)氏

科学ジャーナリスト。
1989年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち独立。食品の安全性や生産技術、環境影響等を主な専門領域として、執筆や講演活動などを続けている。『メディア・バイアスあやしい健康情報とニセ科学』(光文社新書)で科学ジャーナリスト賞受賞。ほかに『効かない健康食品危ない自然・天然』(同)、『お母さんのための「食の安全」教室』(女子栄養大学出版部)など著書多数。

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農林水産技術会議事務局研究企画課技術安全室

ダイヤルイン:03-3502-7408
FAX番号:03-3507-8794

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