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農林水産技術会議

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あなたの疑問に答えます

ゲノム編集食品という言葉、最近よく聞かれるようになってきました。研究が進み店頭に並ぶのも近い、と言われ、行政の規制の仕組みも決まりました。でも、どういうものなのかよくわからない、という人が多いのでは?わからなければ不安を感じて当たり前です。
どんなもの?  メリットがあるの?  怖いもの?  問題点は?
科学ジャーナリストがさまざまな角度から5人の専門家に疑問をぶつけました。8回にわたりお伝えします。  
第1回目は、ゲノム編集技術の特徴や遺伝子組換え技術との違いについて解説します。なお、概要は、記事の最後に3つのポイントとしてまとめています。

疑問1  ゲノム編集の特徴は?  遺伝子組換えとどう違うの?

写真 写真左/玉川大学 奥崎文子 准教授
写真右/科学ジャーナリスト 松永和紀氏

生き物はそれぞれゲノムを持っている

松永
「ゲノム編集食品はどんなもの?」と市民からよく尋ねられます。ゲノムという言葉は普通の生活ではなじみがなく、遺伝子組換え食品との違いがわからない、という人が多いようです。
奥崎
ゲノム編集はもともと持っている性質を改変する方法。遺伝子組換えはもともともっていない新しい性質を付け加える方法になります。ゲノムというのは、それぞれの生物の設計図の全体のことで、遺伝情報の1セットのことを指します。
遺伝情報はDNAという化学物質に暗号化されて保存されています。具体的には、DNAを構成する4種類の塩基(A,T,G,C)の並び順によって、生物の性質や形などが指定されているのです。
DNAは2本が対になって1本となり二重らせん状になっているので、塩基が100個ならんでいれば長さは100塩基対と表します。
松永
先生、最初から専門用語が出てきて、難し過ぎますよ。一般の人たちは戸惑います。それに、生き物の設計図、とか言われると、私たちは機械とは違うのに、と思ってしまいます。
奥崎
そうですね。ゲノムというのは各々の生物の持つ遺伝子情報全部をひっくるめて指す言葉です。ヒトゲノムと言ったらヒトが持っていて子どもに伝えていくもの。DNAという化学物質からできています。
DNAは、どの生物にも共通のものなのだということが大事。そして、DNAにおいて塩基の並ぶ数やその順番、つまり塩基配列により、個々の生物が特徴づけられています。
この二つが大きなポイントです。

DNAはとても長くて、ヒトのゲノムDNAは全部で約32億塩基対から構成されており、イネゲノムは3億9000万塩基対だそうですよ。
その遺伝情報が全部、細胞の一つ一つに詰め込まれているのです。
写真
出典:農林水産省リーフレット「ゲノム編集~新しい育種技術」
二重らせん状になった長いDNA。文字で表されているところが塩基で、対になっている。ATGCの並ぶ順番(配列)が重要になる。長いDNAのところどころに、遺伝子(タンパク質を作るための遺伝情報)がある。

遺伝子組換えは外から追加、ゲノム編集は変更

松永
DNAと遺伝子の関係は?
奥崎
長いDNAのところどころに遺伝子があります。遺伝子を基にしてタンパク質などが作られ、体の一部になったり代謝を促す酵素になったりして生命活動を担います。ヒトでは遺伝子が約2万個、イネの遺伝子数は約3万2000個と推測されています。
松永
遺伝子が個別に細胞中にふわふわ浮いているようなイメージを持っている人がいるのですが、そうではなく、長い長いDNAの一部としてつながっているのですね。では、ゲノム編集食品と遺伝子組換え食品の違いは?
先ほど説明していただきましたが、もう少しかみくだいて教えてください。
奥崎
遺伝子組換えは、外から新たな遺伝子をゲノムに挿入する技術です。それにより、これまで持っていなかった性質が付加されて、特定の除草剤をかけられても生き延びる作物になったり、害虫が食べるとお腹をこわすタンパク質が作られたりします。一方、ゲノム編集の基本は、外から新たに付け加えるのではなく、働きがわかっている遺伝子を狙って切断などして、変えること。遺伝子となっているDNAの特定の位置を切ると、たいていの場合には生物の本来の機能によって修復されますが、ごくたまに修復ミスが起きます。その結果、その特定の位置にある狙った遺伝子が変化して働かないようになったりするなど、機能が変わります。
松永
修復ミスを利用する、というのは面白い。でも、DNAの特定の位置を切る、というのは難しそう。DNAは目で見える、とか顕微鏡で見える、というようなものではありません。もっとうんと小さい。どうやって切るのですか?
奥崎
現在は、主にCRISPR/Cas9(クリスパーキャスナイン)というものを細胞内に入れてDNAを切る仕組みが使われています。これは2つの要素で構成されており、CRISPR(クリスパー)はゲノムの狙った位置にくっつくRNA、Cas9(キャスナイン)はその横を切るハサミの役割を果たす酵素です。細胞に入れると、ゲノムの狙った部位を上手に切ってくれます。これにより、イネであれば約3万2000個ある遺伝子のたった一つだけの機能を変える、というようなことが可能です。

生き物の進化も、遺伝子の変異から

松永
遺伝子組換えは人がゲノムに新しい遺伝子を入れ、ゲノム編集は人がゲノムを切る。違いはよくわかりました。でも、いずれにせよ、人がゲノムを切る、いじる、という点に抵抗感を覚える人が多いようです。「結局、遺伝子を壊すのでしょう。怖い、とんでもない。生命の冒涜です」と言われます。
奥崎
DNAが切れる、遺伝子が壊れる、というような現象自体は、自然界でごく普通にひんぱんに起きています。自然の放射線を受けたり紫外線を浴びたり、いろいろな刺激でDNAは自然に切れます。通常、生き物はそれをすぐ修復して元通りにしますが、ごくたまに一部の塩基が欠けてしまったり別の塩基に置き換わったり、いくつかの塩基が入ってしまったりということが起きます。これが自然の突然変異といわれるもの。ゲノム編集は、同じ現象をDNAの狙った部位で起こさせる方法なんです。
松永
突然変異があるからこそ、地球上で約38億年前、最初に生まれた単細胞の生き物が進化し多様な生物となって、現在の豊かな地球になっていると聞きました。
奥崎
そうですね。私は植物が専門なので植物についてお話しすると、人は、約1万年前に農業を始めて、最初はこの自然の突然変異によって人間が利用しやすい良い性質を持つようになった植物を選抜して、栽培し始めました。100年ほど前からは、意図的におしべとめしべを掛け合わせる交配育種を始めました。

自然の変異の方がダイナミック

松永
育種というのは品種改良のことですね。こうした品種改良は自然だから安心だ、と多くの人が受け止めています。
奥崎
ただ、自然に起きることの方が、遺伝的な変化はダイナミックであるともいえます。交配という過程でも、実は、生物が自らDNAを切ったりつないだりシャッフルさせた遺伝情報を人為的にミックスして、様々な新しい組み合わせの生物を作りだしています。
松永
1920年代からは、人為的に突然変異を起こさせる品種改良も始まりました。
強い放射線を当てたり化学物質をかけたりしてDNAを切って突然変異を起こさせる。
結局、人為的にゲノムの遺伝情報を変える、というのは別に新しいことではなく、近世に入ってからは人がずっと行ってきたことですね。
写真 出典:農林水産省リーフレット「ゲノム編集~新しい育種技術」
奥崎
ゲノム編集は、ゲノムの中の狙った位置を切る、というところがこれまでの品種改良と異なります。もう一つ違うのは切る回数。DNAを1回切ってもすぐに元通りに修復されるのが自然界のシステムで、元通りにならず変異が起きるのは10万回に1回か100万回に1回程度の確率だとみられています。そこで、ゲノム編集技術では、狙った位置で変異が起きるまで、何回でも切っています。でも、切った後の変異がどんなものになるかは自然にお任せ。自然の突然変異と同じように、一部の塩基が欠けたり置き換わったり、数塩基分が挿入されたり、という現象が起きます。それにより、遺伝子の働きが変化したり壊されたりします。

ゲノム編集には大きなメリットがある

松永
しかし、「これまでの品種改良の方法でいろいろな食品ができているのだから、わざわざゲノム編集なんて方法を用いなくてもよいのでは?」という意見もありますよ。
写真 出典:農林水産省リーフレット「ゲノム編集~新しい育種技術」
奥崎
従来の方法に比べてゲノム編集は大きなメリットがあります。品種改良にかかる時間や労力がまったく違うのです。従来の品種改良だとまず、大元の優良品種のタネを交配させたり、化学物質や放射線にさらしたりして、DNAに変異を起こさせます。
その結果、いろいろな遺伝子に変化が起きていますので、その次に、狙った遺伝子が偶然変異したものを選ぶ工程に入ります。1万個体以上を育てて調べてやっと、目的の1個体を選ぶ、というような感じです。そのうえで、元の品種をさらに掛け合わせる戻し交配という作業を行って、狙った遺伝子だけが変異していてほかのところは元通りの優良品種、というものに近づけてゆきます。
松永
品種改良は大変だ、長い時間がかかる、お金がかかる、腕もいる、と研究者や種苗会社の方々が頭を悩ませていますよ。
奥崎
作物を従来の方法で品種改良すると、商用化までに短くて数年、長い場合は数十年もかかります。一方、ゲノム編集作物の場合には、1年から4年ほどで商用栽培にこぎ着けられる、と言われています。
松永
手間と時間を短縮できれば品種改良のコストを大幅に下げられて、よい品種を次々に生み出してゆける。ゲノム編集はよいことずくめの方法なんだ。
奥崎
いえ、やっぱりできないこともあります。たとえば、作物のおいしさにはたくさんの遺伝子が関わっています。多くの遺伝子が複雑に関わる性質をより良くするには、従来の交配などの手法が適している場合もあります。でも、たった一つの遺伝子で性質が決まるとわかっているもの、特殊な毒性物質を作り出してしまうとか、特定の病気に弱い、というような場合、ゲノム編集はその遺伝子を狙って働きを止めることができて、とても有効です。もう一つ、芋類のように、おしべとめしべで交配しない作物は従来、優良品種の更なる改良が難しかったのですが、ゲノム編集ではずいぶんと容易になります。これも、大きな利点でしょう。
写真

食糧危機解決、砂漠の緑地化にも貢献?

松永
奥崎先生は、どのような経緯でゲノム編集技術の研究に関わることになったのですか。
奥崎
そもそもは、大学在学中に遺伝子ターゲティングという別の方法で、ゲノムの狙った位置の塩基を置き換える、という研究をしていました。イネを材料にしていましたが、当時は1000粒のコメを材料に使ってやっと1回成功するかしないか、という感じで効率が悪く、手法の改良を試行錯誤しました。その他の研究経験も経て、現在の大学に勤め始めた頃に、CRISPR/Cas9が登場しました。CRISPR/Cas9は、イネであれば10粒も使えば1、2回成功が見込めることが既にわかっていました。
松永
CRISPR/Cas9は、2012年に米国の研究者が発表した新しい手法ですよね。
奥崎
はい。そこで、アブラナ科の作物のゲノム編集に挑戦しました。セイヨウナタネでは、300粒あれば1個といった確率でゲノム編集が成功し、2年ぐらいで市場に出せるほどのものを開発できました。私自身、狙った遺伝子を変異させるということの大変さを知っていたので、CRISPR/Cas9を使ってみてこの技術革新に驚きました。今は、ブロッコリーなどを用いてゲノム編集による品種改良の研究をしています。
松永
ずっと植物の遺伝子の改変に関わってこられた。その熱意はどこから?
奥崎
中学生ぐらいの時にバイオテクノロジーの話を聞き、良い植物ができれば食糧危機を解決できる、砂漠の緑地化などもできる、夢の技術だと憧れました。大学の農学部に入って研究を始め、遺伝子組換えも手がけました。この新しいゲノム編集技術については、品種改良のすぐれた方法として活用しない手はないと思っています。
松永
次回も奥崎先生に、多くの人が気にしているゲノム編集食品の安全性について、ご意見をおうかがいします。

今回の概要

  • 遺伝子組換えは、外から新たに遺伝子を挿入する技術、ゲノム編集は、その生物が持っている遺伝子を変える技術。
  • ▪自然の放射線や紫外線などにより、DNAが切れ遺伝子が変異するという現象は、自然界では、ごく普通に起きている。ゲノム編集技術は、これと同じ現象をゲノムの特定の部位で起こさせる。
  • ▪ゲノム編集技術は、従来の品種改良に比べ、商用化までにかかる時間やコストが大幅に下がる。

プロフィール

奥崎文子(おくざきあやこ)氏

玉川大学  准教授。
東北大学大学院  応用生命科学専攻にて博士(農学)を取得(2007年)。日本学術振興会特別研究員(DC2、東北大院)、農業生物資源研究所  特別研究員、日本学術振興会海外特別研究員(フンボルト大学)を経て2015年から現職。植物の遺伝子組換え、葉緑体形質転換技術の改良や遺伝子機能解析に携わってきた。現在はアブラナ科植物のゲノム編集を中心にバイテク技術を利用した植物育種に取り組んでいる。

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プロフィール

松永和紀(まつながわき)氏

科学ジャーナリスト。
1989年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち独立。食品の安全性や生産技術、環境影響等を主な専門領域として、執筆や講演活動などを続けている。『メディア・バイアス  あやしい健康情報とニセ科学』(光文社新書)で科学ジャーナリスト賞受賞。ほかに『効かない健康食品  危ない自然・天然』(同)、『お母さんのための「食の安全」教室』(女子栄養大学出版部)など著書多数。

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農林水産技術会議事務局研究企画課技術安全室

ダイヤルイン:03-3502-7408
FAX番号:03-3507-8794

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