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日本型精密農業を目指した技術開発

1.精密農業とは

(1)日本の目指す精密農業

精密農業(Precision Farming)には、国際的に様々なとらえ方が存在します。例えば、全米研究協議会では、「精密農業とは、情報を駆使して作物生産にかかわるデータを取得・解析し、要因間の関係性を科学的に解明しながら意思決定を支援する営農戦略体系である」、英国の環境食料省穀物局では「精密農業とは、一つの圃場内を異なるレベルで管理する栽培管理手法である」、と定義されています。東京農工大学の澁澤教授はこれらのとらえ方をまとめ、精密農業を「複雑で多様なばらつきのある農場に対し、事実を記録し、その記録に基づくきめ細やかなばらつき管理を行い、収量、品質の向上及び環境負荷低減を総合的に達成しようという農場管理手法である」と定義しています。本レポートでは澁澤の定義を基に日本の目指す精密農業について紹介します。

澁澤の定義から精密農業のコンセプトをその対象、手段、目的に分けて考えると、まずその対象は「複雑でばらつきのある農場」になります。農場が圃場の集まりとすれば、「圃場のばらつき(コラム1 参照)」を認識することが精密農業の第一歩になります。すなわち、均一にみえる圃場においても空間的・時間的に気温土壌肥沃度や土壌水分がばらつくと認識し、そのばらつきを制御することで収量等を改善できるという考え方が精密農業の基本的なコンセプトです。

精密農業の手段として重要なことは、勘や経験に基づく記録や管理ではなく、「事実の記録に基づくきめ細やかな管理」を行うという考え方です。

このように精密農業とは、農地の特性を把握し、農作物の状態を良く観察し、きめ細かく栽培管理をすることであり、篤農家と呼ばれる農家が行ってきた農場管理に通じるものがあります。圃場の状態をノートに記録し、その記録に基づき手作業で施肥量を調節する栽培管理も立派な精密農業の運用例と言えます。


コラム1 圃場内のばらつき

我が国は圃場一区画の面積が小さく、圃場内の「ばらつき」も小さいとされてきました。しかし、実際には圃場内の「ばらつき」が大きく、収量に影響を与えている例も報告されています。下図は造成3年目の大区画圃場(1ha)における移植水稲収量に関する調査結果です。10m×12.5mの72の区画の収量は、341kg/10a~601kg/10aと大きな変異があることが分かりました。この圃場の施肥量は一様であったことから考えると、収量が変動する主な理由は地力窒素のばらつきにあると考えることができます。

1ha水田の精玄米収量マップの事例


 

(2)農作物の収量及び品質向上を目指す精密農業の作業サイクル

精密農業の作業サイクルは図1に示すように、1)観察、2)制御、3)結果、4)解析・計画の4段階に分けることができます。作業は、まず農場のばらつきの把握・記録から始まります。記録はノートでも良いし、パソコンでも可能です。畑を良く観察し、畑全体の肥沃度や排水状態等の情報を記録します。農作物の栽培段階では、農作物の成長観察も重要です。目視や後述の生育センサーなどを用いて日々の農作物の葉の色や病虫害の発生などをきめ細かく観察することが必要になります。

図1 精密農業の作業サイクル

観察の次には制御を行います。具体的には、圃場の記録と作物の施肥反応特性などの既往の知見に基づき、場所ごとに施肥量、農薬施用量、灌水量などを変化させて、土壌や作物生育のばらつきを少なくするような栽培管理を行います。実際の作業は手作業あるいは可変農作業機などが用いられます。観察と制御の結果は、収量や品質として記録されます。収穫後、農家はこれらのデータに農作物の販売データなども加え、その年の農作業結果の解析を行います。具体的には、圃場の場所ごとの収量や土壌のばらつきを示すマップの作成や経営指標の見直しなどを行い、次作の営農戦略を計画します。以上述べたサイクルを繰り返すことにより、農作物の収量及び品質の向上を目指すのが精密農業の作業スタイルです。

 

(3)精密農業を支える要素技術

精密農業の作業サイクルを実現し、様々な農業経営に合った柔軟なシステムを作り上げていくためには、様々な要素技術の開発・導入が必要になります。大きく分類すると、1)計測・記録技術、2)制御技術、3)解析・計画技術の3つが必要となります。これらの要素技術を組み合わせることにより、条件不利地における小規模な農家から大規模土地利用型の農家まで様々なユーザに対して有効な農場管理システムを提供することが可能になります。

精密農業の基本はまず「圃場のばらつき」を定量的に把握することにあります。したがって、土壌や作物のばらつきを計測し、記録することが重要な課題になります。この分野では、土壌や収量のばらつきを、空間的、時間的なデータとして数学的に記述する科学的な基礎研究が必要とされます。同時に、土壌特性や作物の生長を把握するための新しいセンサー技術の開発も重要な研究課題となります。

制御技術は、「ばらつき」に対応した管理を実現することが主眼であり、効率とコストダウンが課題となります。精密農業において、施肥や農薬施用を手作業で行うこともあり得ますが、様々な規模の営農に精密農業を導入していくためには、場所ごとに肥料や農薬の投入量を変化させることができる可変農作業機などの開発が重要です。加えて、将来的な展望に立てば、農作業機械の自動化など新技術の開発も必要です。

計測・記録した情報に基づいて、最適な制御を行うためには、情報の解析とそれに基づく制御の方針を定める技術も不可欠です。このためには、施肥量への作物の生育反応やある時期の病害の状況が収量に及ぼす影響など、制御のための科学的根拠となる知見、技術の蓄積が重要です。これらの情報については、栽培や土壌肥料分野などの研究で多くのデータが蓄積されています。データの蓄積を実際の制御に活用するためには、例えば施肥量に対する作物の反応などが、数学的に記述され、モデル化されていることも、精密な制御のためには必要です。制御のアルゴリズム構築は、精密農業のキーとなる要素技術の一つです。

また、栽培工程で得られる施肥や農薬施用の履歴、成長履歴、収穫時の品質データ等を農作物の収量及び品質の向上のみに用いるのではなく、農作物の付加価値向上に使用するなど営農目標の達成のための戦略的な意思決定に利用することも重要です。この分野では農作物の生産工程の簡易なデータの記録方法とそれらのデータを市場への販売戦略に生かすための経営面での技術開発が必要とされています。今後、食の安全と消費者の信頼の確保が求められることを考えれば、精密農業に適したビジネスモデルの研究が重要になります。

以上、精密農業を支える3つの要素技術について述べました。精密農業を発展させていくためには、この3つの要素を融合することが必要となります。


コラム2 欧米の精密農業

【生産性向上を目指したアメリカの精密農業】

アメリカでは生産性向上を目的とし、大規模営農における精密農業の導入が行われています。精密農業は、アメリカの大規模農家を中心に普及しており、中西部のコーンベルトにおける精密農業の要素技術の普及率を見ると、収量モニタ付きのコンバインでの収量計測が40%、土壌分析が60%、人工衛星リモートセンシングが25%といわれています。アメリカにおける精密農業の普及レベルは世界一です。これは、精密農業によるコスト低減効果が出やすい大規模農家が多いためです。

アメリカの精密農業の舞台の一つ、センターピボット(円形農場)圃場群

 

【環境保全を目指したヨーロッパの精密農業】

ヨーロッパでは環境保全を目的とした精密農業の導入が行われています。人口密度が新大陸より高いヨーロッパでは、農業による水質の汚染、野生生物の生育地の減少等の住民に直接影響を及ぼす問題が多いため、住民の環境に対する意識が高く、農業による環境負荷を低減することが求められているためです。ヨーロッパの中でも精密農業の導入に熱心なのは、ドイツ、イギリス、デンマーク、フランス等の農業経営規模がEU15カ国の農場の平均経営面積35haを上回る国です。これらの国では環境保全面とともに生産性の面でも精密農業を導入することへの関心が高いといえます。一方、耕地面積が小さいギリシャ(3ha)、イタリア(5ha)、ポルトガル(9ha)などの南ヨーロッパ各国では、慣行農法への信頼も高いため、精密農業の導入に対する関心が低いのが実情です。ヨーロッパ全体を見渡すと精密農業の普及速度はアメリカに及ばない状況です。


 

(4)農家の意思決定を支援する柔軟な精密農業技術

精密農業の主題の一つは農家の意思決定を支援することにあります。すなわち、精密農業には、収量向上を犠牲にしても品質向上を目指すという農家の意思決定にも、収量の向上よりも化学肥料を低減するという意思決定にも対応可能なシステムであることが求められます。このような農家の多様な意思決定に精密農業はどのように応えればいいでしょうか。

ひとつの答えは、精密農業の要素技術を組み合わせ、個々の農業形態に合った技術のパッケージ化を図ることです。次章で詳しく述べますが、図1に示した精密農業の4つの作業サイクルに対応したさまざまな精密農業を支援するツールが開発されています。農家の意思決定に合せてこれらのツールを組み合せることが技術のパッケージ化であり、実際の営農に対して精密農業を導入していくひとつの方法となります。パッケージ化の事例としては、米国のリモートセンシング画像データ及び処方箋マップの販売、(独)農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センターにおける日本型水稲精密農業モデルなどがあります。 

 

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